ありえない現実

(なかなかに、しぶといな……)



 拓也の槍をさばきながら、セツは内心で舌を打つ。



 ここまで自分に逆らってくる相手など初めてだ。



 ただでさえ操りにくいタイプだというのに、先日の戦いで糸が数本切れているせいで、操りにくさに拍車がかかっている。



 周囲との連携を図りたいところだが、少しでも拓也から意識を逸らせば、それが致命的な隙となりかねない。



 セツは右手に力を込める。



 大丈夫だ。

 たとえ操りにくい相手だろうと、こちらに利があるのは変わらない。



 今の糸で逆らわれるならば、より強力な糸で縛るまで。



 セツは拓也の攻撃を片手で受け止め、素早く右手を彼に向かって伸ばす。



 それでこちらの意図に気付いた拓也が顔色を変えて退こうとするが、セツはそこで一度、右手を思い切り自分の方へと引っ張った。



「―――っ」



 呼吸を奪われた拓也が、ほんの数秒動きを止める。

 その数秒さえあれば十分だった。



「ぐっ……うっ……」



 拓也の手から、槍が落ちる。



 蒼白な顔でその場に膝をつく拓也の右手を掴み、セツは勝ち誇った笑みで表情を彩った。



「さて、捕まえましたよ。さすがにもう、動けないでしょう?」



 大したものだ。

 この自分に、ここまで強い糸を使わせるとは。



「確かに、これは……きっつい、な……」



 荒い呼吸の間に必死に言葉をつむぐ拓也の左手が、もどかしいほどにゆっくりと動く。



「まだ動きますか。」



 あまりにも無謀な拓也の行動に、もはや呆れを通り越して驚嘆してしまう。



「当たり前、だろ。誰がお前の、思いどおりに……なんか、なるかよ。それに……」



 震える拓也の左手が虚空へと伸び―――空中で何かを掴んだ。





「おれも、。」





 にやりと笑んだ拓也が何を掴んでいるのかを悟り、セツは瞠目して息を飲む。

 それと同時に、拓也とセツの間を素早く風が通り抜けていった。



「くっ…」



 セツは右手を押さえてよろける。



 そんなはずない。

 とっさに否定しそうになったが、風が通った後から、さっきまであったはずの感触がない。



 拓也を縛る糸が、完全に切られたのだ。



 にわかには受け入れられない現実が、そこにあった。



「あー……おい、実!!」



 立ち上がってふるふると頭を振っていた拓也は、ふと背後を振り返った。



「見切るのがおっせーよ! 死ぬかと思っただろうが!」



「そんな無茶な! こっちの相手をしながらそっちに意識を向けるって、結構大変なんだからね!? タイミングよく糸を切れただけ、マシだと思って!!」



 迫ってくる刀や飛んでくる矢を器用にけながら、実が困惑したように喚いた。



「なるほど……そういうことですか。」



 何が起こったのかを理解し、セツは悔しげに顔を歪めた。



 拓也が自分の身を切り捨ててまで向かってきたのは、実がこちらの糸を視認できるようになるまでの時間稼ぎだったというわけだ。



 自分が操る糸が見えているかもしれない。



 そういう意味で、実のことは特に警戒していた。

 だから、仲間にも実から潰すように徹底させていた。



 誤算があったとすれば、実たち個人の能力があまりにも高すぎたこと。

 この一点に尽きる。



「悪いな。お前への対策くらい、ちゃんと考えてあるんだよ。」



 地面に落ちた槍を足ですくい上げ、流れるような動作でそれを構える拓也。



「さてと。ようやくまともに動けるようになったわけだし、覚悟しろよ? 言っとくけど、おれは後ろの二人みたいに優しくねぇからな。」



 切っ先をセツに向け、拓也はまるで水を得た魚のごとく輝いた表情でそう宣言した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る