第6章 触れないと分からない
夕暮れの戦い
もしこの島への用が終わったなら、ルードリアに示された道は通らずに帰った方がいい。
帰る算段を立てていた実たちに、ユーリははっきりとそう告げた。
やはりユーリの見解も尚希たちのものと同様で、正規のルートを通って戻れば、セツたちと対峙しなければならなくなるだろうということだった。
それは、自分たちを殺さずに受け入れてくれたユーリにできる、最大限の助言だったのだと思う。
だが、拓也がまだセツの糸に捕らわれている状態である以上、このまま帰るというわけにもいかない。
「そうか…。僕も、セツの能力についてはほとんど知らないんだ。そういう事情があるなら、仕方ないな。……協力できなくて、すまない。」
ユーリはやりきれない表情でそう謝ったが、自分たちとしては彼を責めるつもりなど毛頭もなかった。
このまま戻れば、衝突は免れない。
ユーリとしては、どちらにも加勢できないという苦しい展開となるだろう。
それでもユーリは、自分たちがセツたちと
それだけで、彼がかなりの苦悩を押し殺していることは想像するに
そして―――
「お待ちしていましたよ。」
時刻はあの時と同じく、沈みかけた夕陽がまぶしく周囲を照らす頃。
聖域に飛び込んでから、ちょうど一日が経過していた。
「まずは、ユーリを無事に送り届けてくれたことに感謝します。では―――さっさと本題に入りましょう。」
セツが高らかに宣言するや否や、周囲に控えていた人々が武器を構えて臨戦態勢に入る。
「やっぱり、話を聞く気なんてないな。」
「すみませんね。これも仕事なんです。」
身構える尚希に、セツはどこかおどけたように言って右手を掲げた。
「それに……疑わしきは罰するのが私のやり方なので。」
その刹那、彼の顔から表情が消える。
だが、セツの右手が踊り出すよりも数倍早く、尚希の後ろから黒い影が猛スピードで飛び出した。
「―――っ!?」
目を見開いたセツが、とっさに右手ではなく左手をひらめかせる。
その場に高く響くのは、金属がぶつかり合う音。
「……やっぱりな。まさか、自警団の団長を務める奴の武器が、特化型の能力だけなわけねぇよな。」
問答無用で槍を振り下ろした拓也は、にやりと口の端を吊り上げる。
そんな拓也の槍を左手で握った小太刀で受け止め、セツは苦しげに奥歯を噛んだ。
拓也の全体重がかかった重い一撃を左手一本で受けたのだ。
その衝撃は、小刻みに震える腕を見ればすぐに察せられる。
「尚希、実! そっちは任せたからな!」
拓也は後ろをちらりと
そうしてセツとの距離を開いた拓也は、体勢を整えて槍を構え直した。
「私の相手は、あなたというわけですか。」
小太刀を振り払い、セツは右手を隠すように左半身を前にして拓也と向かい合った。
「まあな。あいつらをお前に接触させるのは、かなりリスクが高いんでね。」
「なるほど。それは賢明な判断です。ですが、いいのですか?」
セツは拓也から隠した右手を素早く動かす。
すると。
「つ…っ」
途端に、拓也が顔色を変えて胸を押さえた。
「拓也!」
「うるさい! 気が散るから話しかけんな!!」
思わず声を荒げた尚希を痛烈に拒絶し、拓也は表情を歪めたまま、よろりとたたらを踏んだ。
「ふふ…。ご自分が不利な状況であることは、変わっていませんよ。あなたは、私に逆らえないんですから。」
体勢を崩した拓也を見て勝敗を確信したのか、セツは余裕そうな態度。
しかし、その余裕は長くは続かない。
「逆らえない……ね。本当に、そうだといいけどな。」
額から伝ってきた汗を大きく拭い、拓也は顔を上げる。
「お前は昨日、こう言ったよな? おれは
槍を握り締め、拓也は腹に力を込めて地面を踏み締めた。
「おれの体はおれのもんだ。お前の操り人形になんか、死んでもなってやらねぇよ。」
次の瞬間、拓也は体の自由が奪われているとは思えないほどの速さで地を蹴った。
「まったく、本当に呆れますよ。その屈強な精神力、殺すには惜しいですね。」
今度は両手でしっかりと拓也の槍を受け止め、セツは失笑と共にそう吐き捨てる。
一見してまだ余裕を保っているように見えるものの、その瞳の奥には苛烈な色が揺れ始めていた。
「自分の思いどおりにいかなくて残念だな。」
拓也がセツの神経を逆なでするように告げると、セツは不快そうに眉をひそめた。
小太刀を掴む右手の指が、微かに動きを見せる。
「おっと。」
目
本人がそう断言したように、セツの狙いどおりには動きを止めない拓也。
だがそれは、決してセツに勝てるだけの活路を見出だせたというわけではなかった。
その証拠に、拓也の表情には早くも強い疲労が垣間見えていて、呼吸もみるみるうちに上がっていく。
「やり方が陰湿なんだよ。……息、できないように……してきやがって…っ」
喉を押さえ、拓也は喘ぐように全身で呼吸をする。
「あなたが悪いんですよ。素直にやられてくれればいいものを。」
セツがぐっと右手を握って引く。
途端に拓也がまた苦しげに
「………っ!」
ここで初めて、動揺を大きく
拓也はそんな彼に構わず、再び走り出すのだった。
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