生まれ変わった代償

(僕は……どうすれば……)



 ユーリは何もすることができず、目の前で繰り広げられる戦いを眺めることしかできなかった。



 自分が放つ矢を、あれだけ完璧にけられる実だ。

 初めから実のことは心配していなかったが、あの実と行動を共にするだけあって、拓也と尚希の身のこなしも相当のものだった。



 拓也はセツに対して少しの慈悲も与えるつもりがない様子だが、実と尚希は決して自ら攻撃を与えずに、防戦一方の戦いをしている。



 余計な怪我人は出さずに、目的だけを達成して帰る。

 ここに戻ってくる前に話していたことを、彼らは本当に実行してくれているのだ。



 そんな優しい彼らに、自分は何をしてあげることができるだろう。



 どうやってぶつかり合う双方の間に入ればいい?

 そもそも、そんな資格など自分にあるのだろうか。



 だってここにいる限り、自分の役割は……



「何をしてるんだ、ユーリ!!」



 突如耳朶じだを打ったセツの声。

 それに、ユーリは大袈裟に見えるほど大きく体を震わせた。



「早くそこから!」



 セツの口から飛び出した指示に、背筋が凍るような心地になる。



 彼の指すところの〝待避〟とは、敵の認識範囲外からの狙撃命令。

 自分にしか放てない、確実に敵を仕留める一発。



 そう。

 自分の役目はこういうことだ。



 島を守るために、セツを支えながら、自分が授かった能力の全てを尽くす。

 それが、自分で決めた人生だ。



「………っ」



 胸が潰れそうで苦しい。



 島の人々は好きだ。

 セツのことも、大切な友人だと思っている。



 でも……





「―――――― できない。」





 答えは、残酷なほどに一片の揺らぎもなく決まっていた。



「なっ…!?」



 セツが、今まで見てきた中で一番驚いた顔をする。



「何を言ってるんだ!? 聖域に落ちたせいで、気でもおかしくなったのか!?」

「違う。……違うよ、セツ。」



 心底動揺しているセツの声が、耳に痛い。

 ユーリは泣きそうな顔で首を左右に振り、それでも彼からは目を逸らさずに訴えた。



「目を覚ますべきなのは、僕らの方だったんだ。実たちは、悪者なんかじゃない。」

「馬鹿言うな! だって彼らは―――」



「そうだよ! それが、僕たちの目を曇らせているものなんだ!!」



 血を吐くような、切ないユーリの叫び。

 そこに込められた激情に、セツだけではなく、その場の誰もが動きを止めた。



「それがしきたりだから……だから自分がしていることは正しいって、そう思ってるうちは見えないよ。触れないと分からないことがある。それを教えてくれたのは実だ。」



 自分の名前を出されたからか、実が微かな驚きと戸惑いを滲ませた表情で目をしばたたかせる。



〝俺、何かしたっけ?〟



 そんな心の声が聞こえてきそうだ。



 これだけ人の心を大きく変えておきながら、そのことにまったくの無頓着なのだから笑える。

 だがそれもまた、彼の魅力の一つなのだろう。



 どうしてくれる。

 こんな風にセツと仲違いするみたいな展開になってしまって、自分の人生はめちゃくちゃではないか。



 それでも、悪い気はしない。



 実と出会ってからの、密度の濃い一日。

 それを乗り越えてここに立っている自分の方が、今までの自分よりもずっと好きだと思えるのだ。



「ごめんね、セツ。」



 ずっとここまで一緒に過ごしてきた友人へ、こんな言葉を告げる日が来るなんて思いもしなかった。



 だが、これが生きながらにして生まれ変わった代償だというのなら―――





「僕が支えたい相手は……もう、君じゃない。」





 今までの居場所に、別れを告げることになっても構わない。

 この胸の痛みさえ、これからの強さに変えていく。



『君の胸に新しく芽生えた気持ちを貫きたいなら、今のうちに腹をくくることだね。』



 これが、あの時のルードリアの忠告に対する自分の覚悟だ。



「………」



 セツの表情から動揺が引いていく。





「――― 殺せ。全員逃がすな。」





 長い沈黙の果てに告げられたその言葉に、自分と彼の間に生まれてしまった溝の深さを思い知らされた。


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