温かな光景

 ククルルはくすくすと小さな声をあげ、次に実へと向き直った。



「ごめんごめん。少しからかいすぎたね。約束は約束だ。お友達は返すよ。ペリティールもいいでしょ?」



「……うん。」



 実に怒鳴られてしょんぼりとしていたペリティールは、特に異論を唱えることなく頷いた。



「ユーリ!!」



 ククルルがユーリの隣を離れると、途端に血相を変えた実が大慌てでユーリに駆け寄った。



「大丈夫!? 怪我ない!? あいつらに何かされてない!?」



「失礼な。別に何もしてないよ。実が来るまでの間なんて、ペリティールとジャージーが喧嘩してただけだもん。」



「今だけは信用しない!」



 不満そうなククルルに対し、実はいっそ清々しく聞こえるほどに強い口調で言い切った。



 自分のことに関しては全てを悟ったような大人びた表情をするくせに、他人のこととなると、急に子供っぽくなるんだな。



 そんな実を見ているとなんだか面白くなってきて、思わず笑いが込み上げてきた。



「実、大丈夫だ。僕は何もされてないから。」



 笑いで震えそうになる声をなるべく抑えて答える。

 すると。



「本当に?」



 実はこちらのことを案じるような目で問うてくる。



「本当だって。わざわざ嘘をつく意味なんてないだろ?」

「そっか……そうだよね……」



 自分に言い聞かせるように、ぼそぼそと呟く実。

 数秒後―――



「よかったあぁーっ!!」



 がっくりと肩を落とした実は、そのまま崩れ落ちるように尻餅をついた。



「ほっとしたら、一気に疲れたわ。もー、しばらく動ける気がしない!」

「実、大丈夫!?」



 ごろりと地面に横になって脱力する実の傍に、半泣き状態のジャージーとルコラスが飛びついていく。



「ごめんね、実。ごめんね? またジャージーの蜜で飴を作ってあげたいんだけど、あれ、できあがるのにすっごく時間かかるの。ごめんね……」



「大丈夫、大丈夫。少し休めば動けるようにはなるから。謝らなくていいよ。」



「実ーっ! 死んじゃやだー!!」



「死なないって。ルコラス、落ち着いて。」



 座り込んで目尻に涙を浮かべるジャージーと、胸にすがりついて大泣きするルコラス。

 彼女たちの頭をそれぞれなでてやり、実はやれやれと息をつく。



 それでジャージーの方は少し落ち着いたものの、ルコラスの方はこちらの言葉が聞こえていないのか、火がついたように泣き続けている。



「もう……ほら、ルコラス!」



 実はルコラスの肩を抱き、勢いをつけて上半身を起こす。



 それに驚いて一瞬涙を引っ込めたルコラスの頬を両手で挟み、実は間近から彼女の瞳を見つめた。



「だから、俺は死なないってば。そんなに泣かれたら、俺も伝えたいことを伝えられないじゃん。」



「ふぇ…?」



 目をしばたたかせて固まるルコラス。



「なんだよ。次に会った時に質問に答えろって言ったのは、ルコラスじゃなかった?」



 冗談めかして言い、実はルコラスの目に浮かぶ涙を拭ってやる。



「俺は今、幸せなのかってやつ。……ちゃんと幸せだよ。だって俺の味方って、別に人間だけじゃないもん。どんな存在でも、俺のことを心配して泣いてくれる相手がいるんだから、幸せじゃないなんて言ったら罰当たりじゃん。ありがとう。」



 実が優しく語りかけると、数回まぶたを叩いたルコラスがまだ大きな涙を浮かべた。



「う……うわーん! 実ー!!」

「あはは、結局泣くの? 仕方ないなぁ……泣け泣け。気が済むまで泣きなって。」



「うう、ルコラスばっかずるいー!!」

「分かった分かった。ジャージーもおいで。」



「うわーん!」



 ルコラスとジャージーを抱いて苦笑いをする実は、先ほどルコラスに語りかけたように幸せそうだ。



「なんか……私が悪者みたいじゃん。」



「あれ、今さら気付いたの? ペリティールはいつも、好きな相手にほどやりすぎるんだって。」



 実たちの様子を見て、さすがに罪悪感を覚えたらしい。

 気まずげなペリティールに、ククルルはあくまでも冷静に事実を述べた。



 それで傷ついたような顔をして胸を押さえたペリティールだったが、ククルルはここぞとばかりに、その傷をえぐるような説教を始める。



 一方、どちらのグループにも入らなかったミストットは、実たちとペリティールたちの双方を交互に眺めながらにやにやとしていた。



 この中では、ククルルとミストットの二人が圧倒的に性格が悪いな。



 そんな感想を抱きつつ、ユーリは賑やかな光景に表情をなごませた。



 色々とあったが、なんだかんだと花守はなもりたちは実が大好きなようだ。

 その理由は、今ならしみじみと分かる気がする。



 きっと、一言では言い表せない。

 どんな言葉を尽くしても、その魅力の全ては語りきれない。

 実は確かに、それだけのものを持っている。



 ユーリは肩をすくめた。



「参ったな……」



 気付かぬうちに彼の口から零れていたその言葉は、その心情をあまりにも的確に表現していた。


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