セツの能力

「体が動かなくなった……いや、体の主導権を乗っ取られたって言った方が正確か。」



 セツたちと対峙した時のことを思い起こし、拓也は改めて言い直した。



「乗っ取られた?」



「ああ。あいつはおれの動きを封じたかったわけじゃなくて、おれの体を好きなように動かしたかったんだと思う。おれが死ぬ気で抵抗したから、結果としては動けないように見えたってとこ。どうにかこうにか切り抜けたけど、下手すれば実と尚希に攻撃してたかもしれないな。」



「なるほど。だから人形使い……か。」



 やはり尚希も、そのキーワードを聞きとがめていたか。

 山のぬしの言葉と自分の体験を照らし合わせながら、拓也は思案げに腕を組む。



 山の主が思わぬヒントを落としてくれたおかげで、セツの能力は大体見えた。

 しかし、それが分かったからこそ、彼が厄介な相手だということを認めざるを得ない。



「拓也。お前、いつあの子に糸を仕込まれたか見当つくか?」

「そりゃもちろん。」



 尚希の質問に、拓也は間髪入れずに頷き返した。



「あいつと握手した時があったろ。」



「ああ……そういえば、あったな。」



「おれが思うに、あいつは対象に触れることで糸を仕込むんだろうな。その制約がないなら、あの時におれだけじゃなくて、実や尚希も同じような目に遭っててもおかしくないはずだ。」



「確かに。思えば、あの子はオレや実にやたらと挑発的な態度を取ってきたもんな。大方、逆上したオレたちが懐に入ってくるのを期待したってところか。もう一つ、あの子が操れるのは常に一人だけっていう制約も考えられるけど……その程度の能力者が、あの若さで自警団の団長なんか務められるはずもない、か。」



 互いにある程度共通の推測があるからか、状況整理がどんどんはかどる。

 拓也が尚希の意見に対して無言の肯定を示すと、尚希はそこで難しげにうなった。



「ふむ、大体あの子の能力には察しがついたけど、問題はどうあの子をじ伏せるかだな。オレたちが結界の外に飛び込んだからって、それで安心するような子じゃないだろう。無事に聖域から出たとして、そこで待ち伏せされてると考えるのが筋だな。そうなると、オレたちがどうこうする前に、また拓也が盾にされる可能性が高いわけだ…。ジャージー、一つ訊いていいかな?」



 眉を寄せていた尚希は、特に期待した雰囲気もなくジャージーに話を振った。



「拓也の体を治してくれたあの薬で、人形使いの糸もどうにかできたりしない?」

「んー……ごめんね、それは無理なんだ。」



 ジャージーは即答して首を振る。



「っていうのもね、人形使いの糸は、ちゃんとそれを認識してる人にしか切れないの。もちろん私たちやぬし様は糸が見えてるけど、私たちの力を借りて精霊魔法を使うにしても、結局は術者が糸を認識できない限りは、私たちの力を使っても意味がないんだ。」



「なるほど……」



「お兄さんのことは好きだから、特別に目を貸してあげてもいいけど……さすがに、私レベルの精霊の目を人間の体で使うのは無理があるの。もしかしたら、お兄さんの目が潰れちゃうかも。やめといた方がいいよ。」



 彼女なりに、尚希のことをおもんぱかったが故の助言なのだろう。

 暗に協力ができないと告げたジャージーは、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。



「気にするな。ありがとう、オレのことを心配してくれて。」



 尚希は優しく微笑んで、ジャージーの頭をなでてやる。

 その向かいで、拓也は黙って思考を巡らせていた。



 つまり、セツが操る糸さえ見えればいいわけだ。



 ジャージーが尚希に目を貸してもいいと言ったことを加味すると、セツに糸を仕込まれた自分が糸を切る必要はないということ。



 それならば―――



「おれのことは心配ない。」



 そう言い切れる自信があった。


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