対照的な待機組

「だあぁっ! 本当に開かねぇ!!」



 何をやってもびくともしないドアに渾身の蹴りを叩き込み、拓也は癇癪かんしゃくを起こしたかのように、何度も蹴りを連発した。



「拓也…。もうそろそろ、諦めたらどうだ?」



 間を置いては思い出したように暴れる拓也をずっと観察していた尚希は、できるだけ拓也の神経を刺激しないように言う。



 だが尚希の言葉を聞いた拓也は、キッと表情を険しくして彼を睨みつけた。



「お前はお前で、何を暢気のんきにお茶飲んでんだよ!」



 つかつかとドアから離れて机に向かった拓也は、尚希の向かいに立って机を強く叩く。

 それで机に乗っていたティーカップから紅茶が零れたが、尚希は特に気にせずに息をついた。



「山のぬしが相手じゃ、抵抗したって意味ないだろ。お前も、これ飲んで落ち着いたら? ジャージーがれてくれたんだけど、結構美味うまいぞ?」



「そりゃそうだよ! ジャージーの花の蜜はどこよりも美味おいしくて、体にいいんだから!」



 尚希が紅茶のことを褒めると、ティーポットの傍に座っていたジャージーという精霊が、えっへんと胸を反らした。



「そうだな。こんなに美味しいのは、飲んだことないよ。この島でしか採れないのが惜しいくらいだ。特にこれは、ジャージーが一生懸命守ってる花から作ったもんだもんな。世界一美味しいって自慢できるぞ、これは。」



「えへへー、そうでしょう? お兄さん、よく分かってるねー。お兄さんが次の〝フィルドーネ〟なら安心だよー。」



「お褒めいただき光栄です。花守はなもり様。」

「んんんーっ! お兄さん大好きー!!」



 ジャージーと尚希は、他愛もない会話で盛り上がっている。



 山の主の指示でここに来た彼女は、すぐに尚希が〝フィルドーネ〟としての力を持っていることに気付き、特に用があるわけでもないのに、ずっと尚希の傍にいる。



 話を聞くに、彼女は花守という特別な精霊らしい。

 それ故に、植物と密接に関わる地の力が強い尚希に、本能的に懐いたのだろう。



「お前らなあ……」



 拓也は低い声でぼやく。

 簡単に諦めろと言うが、自分としては平和そうに談笑している尚希の思考が理解できない。



 確かに彼の言うとおり、たかが人間である自分が、山の主に太刀打ちできるとは思わない。

 しかしだからといって、姿も見せない奴の言いなりでいいわけがない。



 一方的にあちらの都合だけ言い捨てていったが、実に害を及ぼすつもりがないというなら、こちらが納得できるようにもっと配慮したらどうなのだ。



 ただでさえ、あの山の主とやらには違和感があって仕方ないというのに。



「ほらほら、拓也。またドアを殴りそうな顔してないで座れ。オレも、お前に訊きたいことかあるんだから。」

「………」



 尚希に手で招かれ、拓也は未練がましくドアを睨んで顔をしかめる。



「拓也。そろそろ、情報整理くらいさせてくれ。どうせ実と合流した後の方が厄介なんだから、無駄に暴れるより有意義なことに時間を使おう。」

「………」



「拓也。」

「あーもー、分かったって。とりあえず座ればいいんだろ、座れば!」



 再三の尚希の要求に、拓也はぶっきらぼうに答えて椅子に腰を下ろした。



 尚希が厄介だと表現したのは、セツたちのことだろう。

 そんなことを言われたら、従うしかないではないか。



「ったく、イライラすんなぁ…。顔くらい見せろよ。」



 ぐしゃりと前髪を掻き上げ、ここにはいない相手に向けて文句を垂れる。



「顔を見て話せれば、大人しくできるのか?」

「いや、とりあえず一発は殴らないと気が済まないけど。それだけじゃなくて……」



 拓也はむすっとした表情のまま、溜め息を吐く。



「なんか……あの声、聞いたことある気がするんだよ。」

「え…? どこで?」



「それが思い出せたら、こんなにイラつくわけねえだろ。あー……とりあえずちらっとでも会えれば、このもやもやだけでも晴れるかもしれないのに。」



 拓也は目を伏せる。



 知っている、と。

 あの声を聞いた瞬間にそう感じた。



 そんなに昔じゃないはずだ。

 割と最近、あの声を本当に近くで聞いた気がする。

 それなのに。



 いつ?

 どこで?



 思い出そうと記憶を手繰たぐっても、ここだと思える場所で記憶のページを止められないのだ。



「うーん…。そういえば、あの人も拓也のことを知ってそうな口ぶりだったな。生憎あいにくとオレは、全然聞き覚えないんだよなぁ……協力できなさそうで悪い。」



「別に。」



 本当は少しだけ尚希の記憶に期待していた自分がいたのだが、あくまでも勝手な期待だ。

 尚希が謝るのも、おかしな話である。



 とはいえ、この件についてこれ以上話を引きずっても、尚希に気を揉ませてしまうだけ。



「で、訊きたいことって?」



 気持ちを切り替えるために一呼吸入れ、拓也は尚希にそう問いかけた。



「ああ、そうだったな。その前にいいか? まああんだけ暴れてんだから確認するまでもないと思うけど、体はもう平気なのか?」



「うん。その子が持ってきてくれた薬のおかげで、このとおり。」



 拓也は大きく肩を回す。



 ジャージーが持ってきた薬の効果は絶大だった。

 全身をさいなんでいた痛みも、それまでに積み重なっていた疲れも、あっという間に全快である。



「ほう……よく効くんだな……」



 尚希はしみじみと呟き、ふとジャージーを見下ろした。



「なぁ、鎮静剤って作れる?」

「もちろん。」

「おい。」



 なかば本気でジャージーにそんなことを訊ねる尚希に、拓也は抗議の意味を込めて、据わった視線を送る。



「いや、どうにもこうにも手をつけられなくなった時用に……」

「………」



「分かったよ。やめとくって。じゃあ、さっさと本題に入って―――」



 空笑いを浮かべていた尚希の雰囲気が一転、一気に刺々とげとげしいものに豹変する。



「あの時、何があった?」



 鋭く問われ、拓也も表情と姿勢を引き締めるのだった。


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