〝鍵〟を見抜く者

 叫んだのはセツだ。



 それで言い争いをしている場合ではないと思い返し、拓也と実は一度口をつぐんで、それぞれの体勢を整えることを優先する。



 彼がとある名を口にしてから数秒後、少し遠くで木の葉が大きく揺れた。



 木の葉の揺れは徐々にこちらに近付いてきて、やがてセツのすぐ後ろの木の上から誰かが飛び降りてくる。



 それは、セツと同じ年頃の細身の青年だった。



 柔らかな淡黄たんこう色の髪をふんわりと風になびかせていて、ヘーゼル色の瞳は髪の柔らかさとは対象的に涼やかな鋭さを持っている。



 ユーリと呼ばれた彼の背には矢筒が背負われ、その手には弓が握られている。

 どうやら、先ほどの矢は彼が放ったもののようだ。



「状況が変わった。早いとこケリをつける。どいつだ?」

「………」



 セツに問われ、ユーリは実たちを一通り眺める。



 そして―――まっすぐに、実へとその視線を固定した。



「………っ」



 静かな視線に射すくめられ、実は微かに肩を震わせた。



 どういう理屈かは分からないが、彼は〝鍵〟を的確に見分ける能力を持っているらしい。



「………」



 実はごくりと固唾かたずを飲み込み、そっとその場を立ち上がった。



「おい、離れるな! つっ……」



 慌てた拓也が、また苦しげに胸を掴む。



 先ほどは無理をして動いただけで、セツの拘束からは完全にのがれきれていないのだろう。



 確かに一人だけで動く危険性はあるが、今は拓也の安全を確保することが最優先。



 セツがユーリに『どいつだ?』と訊ねたことを考えると、〝鍵〟である人間以外に危害を加えるつもりはないのかもしれない。



 それならば、自分に彼らの注意を引きつけておくことで、拓也を解放するとっかかりを掴む時間を稼げるはずだ。



「尚希さん……拓也のこと、頼みます。」

「……無茶はするな。」



 尚希とすれ違い様、小さく彼と言葉を交わす。



 ユーリは実が露骨に距離を置くように離れるのを見るや否や、目をみはる速さで矢をつがえた。



 遠慮なしに眉間に迫ってきた矢をけ、実はユーリと対峙する。



「この距離でけられるとは思わなかったな。何者だ?」

「さあ? 急に命を狙ってくるような奴に、名乗る名前はないかな。」



 あえて相手を挑発する言い方をし、実はその表情に笑みを浮かべる。



「ここで下手な態度を取ると、自分にかけられている疑いを認めることになるけど?」

「それは、少しでも話を聞く姿勢を見せてから言ってほしいね。」

「………」



 ユーリは無言で表情を険しくし、じわじわと実との距離を詰める。

 その分後ろに下がり、ユーリと一定の距離を保つ実。



「おい、ユーリ。そいつなのか?」



 ユーリの後ろから、何故か焦った様子のセツが返事をかす。



「分からない。」



 ユーリはいぶかしげに実を睨む。



「こいつっぽいんだけど……なんか、妙に色が薄くて……」

「………」



 なるほど。

 彼がこれ以上攻撃を仕掛けてこないのは、自分が〝鍵〟だという確証を掴めないからか。



 どうやら、腕輪のおかげで命拾いしたらしい。



 とはいえ、だからといってユーリたちがこちらの話に耳を貸すとも思えない。



(仕方ない。)



 後退を続けながら、実はちらりと背後に目をやる。



「君も往生際が悪いね。もう行き止まりだよ。」



 実の視線の動きをそういう意味と捉えたのか、再び矢に手をかけたユーリが実に向かって冷たい言葉を投げかける。



 それに対し―――くすり、と。



 実は不敵に微笑んだ。



「さて、それはどうかな?」



 そう言った実に、ユーリが不可解そうに眉を寄せる。



 次の瞬間、実は躊躇ためらいなく自分の足を蹴って、体のバランスを崩した。

 後ろに傾いだ実の体は結界のロープを越え、斜面の向こうへと消えていく。



「なっ!?」

「実!!」



 反射的に手を伸ばしたユーリが実を追いかけて結界の向こうへと飛び込み、続いて血相を変えた尚希と拓也も結界を越えていく。



「………」



 静かになった結界の奥を黙って見つめていたセツは、ふと肩から力を抜いた。



「一度ならず、二度までも逆らわれるなんて…。おかげで、何本か切れたな。」



 呟き、セツは険しい表情で右手を握り締めた。


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