かけられた嫌疑

 商店街の中を進みながら、セツはなごやかな雰囲気でこちらに話しかけてきた。



 気さくな彼の話に合わせる形で根掘り葉掘り色んなことを訊き、どうやら彼がエリオスのことを知っているのは事実であろうことは分かった。



 エリオスは時おりここまで登ってきては、お堂の奥の階段を通って、山頂にあるほこらへと向かうらしい。



 一般的には知られていないが、祠の中は聖域の中枢部に繋がっているのだそうだ。

 山のぬしの許しを得た者のみが通ることができ、主への謁見ができるのだという。



「よろしければ、特別に祠への道にお通ししましょう。」



 そんなセツの提案を素直に受け、夕日が照りつける階段を皆で進む。



「………」



 階段に入ってからというもの、皆に交わす言葉はない。

 決して話題がなくなったというわけではない。



 覚悟はしていたが、お堂を通り抜けてからというもの、とてもそんな雰囲気ではなくなっていたのだ。



「……さて。」



 階段をのぼりきって広い場所へ出たところで、拓也は一歩進み、静かに槍を構えた。



「余計な奴らはいなくなったわけだし、もう猫被りは必要ないんじゃないか? さっさと用件を言え。」

「………」



 背後から槍を突きつけられても、セツは特に動揺することなく無言でそこにたたずんでいる。



 まあ、この状況で言いのがれをするのも変な話か。



 実たちは、ちらりと周囲を見回す。



 周りを木々と結界に囲まれたこの場所。

 その木々の隙間から、それなりの数の人の気配がする。



 そしてその気配のどれもが、こちらに対する強い敵意を内包していた。



「では、単刀直入に申しましょう。」



 ゆるりと振り向いてくるセツ。

 その目に、出会った時のようななごやかさはなかった。





「あなた方に、とある疑いがかけられています。この中にいるはずですよ。――― その身に、破滅をはらんだ方が。」





「―――っ!?」



 状況を察し、拓也が臨戦体勢を整える。

 しかし。



「―――……」



 その刹那、拓也の動きがピタリと止まった。

 何かに驚いた顔をした拓也は、徐々にその表情を苦しげに歪め、次の瞬間。



「―――ッ!!」



 がむしゃらに槍を振り上げ、それを勢いよく地面に突き立てた。



「拓也!?」

「動くな!!」



 突然のことにとっさに駆け寄ろうとした実と尚希に、拓也は鋭く一喝する。



 彼の身に何があったというのか。

 槍を握り締めるその両手は小刻みに震え、額には脂汗が浮いている。



「……敵ながら、天晴あっぱれといったところですね。腹を据えた、いい目をしています。おかげで、ぎょしにくくて仕方ない。」



「お前、拓也に何を―――」

「ふふ、何をしたと思います?」



 身構えた尚希に、セツがわざとらしく言葉尻を上げて問いかける。



 彼は実と尚希の視線を集めると、意味ありげに右手を肩辺りまで掲げた。



「捕らわれたら逃げられない。今の私は、その気になれば彼の心臓を止めることだってできるんですよ?」



 くいっ、と。

 何かを手繰たぐるように指を曲げるセツ。

 すると。



「ぐっ…っ」



 まるでセツの言葉を肯定するように、拓也が押し殺したうめき声をあげた。



「拓也!」

「さあ、どうします? 私を倒してみますか?」

「だから動くな!! 絶対に来るなよ!?」



 唇を噛む尚希に拓也が必死の声で怒鳴り、セツが挑発的に笑ってまた指を躍らせる。



「―――っ!!」



 実は目を見開いた。



 まただ。

 あの時と同じように、何かが光ったように見えた。



 やはり、あの時の光は見間違いではなかったのだ。



 ルルのこともある。

 もしもセツが特化型の人間ならば、彼の能力のからくりが見えたのかもしれない。



 あの光は、きっと……



 実がセツの手元に意識を集中しようとした瞬間、それにいち早く気付いたセツの目が険しく細められた。



「馬鹿! けろ!!」

「―――っ!?」



 切羽詰まった声で我に返った時には、遠くで風を切る音が響いた後。

 現状を把握するよりも数倍早く首根っこを引かれ、それと同時に前から何かが体当たりをしてくる。



 揺れる視界で捉えたのは、自分の頭があった場所を的確な軌道で通り抜けていった矢だった。



「つーっ……この馬鹿!!」



 間一髪で実を押し倒した拓也は、鬼のような形相で激昂する。



「何やってんだ!! おれと尚希がかばわなかったら、死んでたぞ!?」

「だ、だって、なんか糸が…っ」



「―――っ!? ユーリ!!」



 その時、やたらと緊迫した声が空気を裂いた。


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