あふれる疑念

「え……」



 さすがに、この告白は予想外だったのだろう。

 目を零れんばかりに見開いた拓也は、次にひどく狼狽ろうばいする。



「ど、どういうことだ。だって、お前あんなに―――」

「分かってる。分かってるよ!」



 実は拓也の言葉を遮る。



「今まで散々父さんがって言ってきたのは俺だし、父さんに会いたい気持ちもちゃんとあるよ。でも……それと同じくらい、やっぱり怖いんだ。これ以上父さんのことを疑いたくないのに……この気持ちを父さんに伝えるのも、父さんから答えを聞くのも、とっさに逃げたくなるくらい怖くて…っ」



「待て待て。落ち着けって。順を追って説明しろ。一体何があったから、エリオス様のことを疑ってるんだ? 疑わざるを得ないことでもあったのか?」



 拓也は自身も狼狽うろたえたまま、とりあえずは取り乱しそうになる実をなだめにかかった。



「………っ」



 拓也に両肩を掴まれ、実は反射的にその腕にすがりついた。



 情けないほどに手が震えている。



 今思っていることを言葉にする恐怖を選ぶか。

 心の叫びを吐き出せないつらさを選ぶか。



 どっちを選んでも苦しい。

 ならば、少しでも前に進める道を―――



 何度も自分に言い聞かせ、拓也の腕を強く握り締めて恐怖を押し殺す。

 すると―――



「実。大丈夫だから。」



 拓也の腕を握り締めるのと同じだけの力強さで、拓也が肩を叩いてくれた。



「大丈夫。おれは逃げない。ゆっくり、ゆっくり話してくれ。何があった?」



 実は大きく目を見開く。



 強くて優しい友人の声。

 彼が告げた〝逃げない〟という言葉の響き。



 それらがすっと胸の中に広がって、恐怖を越えようとする気持ちを後押ししてくれる。



「―――レイキーでのこと、覚えてるよね…?」



 やっと、その一言を押し出すことができた。



「ああ、忘れるわけないだろ。あんな胸くそ悪い事件。」



 思い出すだけで嫌気が差すのか、拓也は不機嫌丸出しの顔でそう答えた。



「あの時、なんで俺があっさり捕まったと思う?」

「………」



 そう訊ねた瞬間、拓也のまとう雰囲気が一変した。



「……やっぱ、なんかあるのか?」



 触れれば切れてしまいそうなほどに鋭い声が、その口腔から漏れる。



 さすがは拓也だ。

 あの時の状況に、一応違和感は持っていたらしい。



 もう終わったことだし、自分も特に話をしなかったので、無駄な詮索はしなかったといったところだろう。



 実はこくりと頷く。



「あの時……本当なら、桜理を連れて逃げるくらい簡単にできた。でも、できなかったんだ。完全に気を取られて、思い切り油断した……」



 目頭が熱くなる。

 思わず泣きたくなる衝動を完璧には抑えきれず、実はぎゅっと目をつぶった。





「―――父さんの、力の気配があったんだ。」





 変えられない過去の出来事を語る自分の声は、残酷なほどの鋭さを持って胸をえぐった。



「なっ…!?」



 拓也が驚愕の声をあげる。



「ちょっと待て! そんな馬鹿なこと―――」



「ありえないって思うでしょ? 俺だってそう思いたいよ! でも……でも……逆に、どうやったら間違えられるんだよ。俺が……間違えるわけないじゃん…っ」



 あの時、自分の動きを封じようと絡んできた魔力。

 あれが誰のものか、自分が間違えるはずもない。



 あんな風に、まるで自分を抱き締めるかのように優しい力なんて―――



「ヤウレウスから聞いた。ワイリーに協力していた奴らのうち、あいつの計画をたった数ヶ月で実現に近付けたっていう技術者が一人、どうしても捕まらないらしい。そいつの正体も足取りも、全然分からないんだって。絶対にそいつと会ってたはずのワイリーも、そいつのことになると、面白いくらいに記憶がおぼろげだって話だよ。……こんなにも完璧な行方のくらまし方ができる人なんて、そうそういないよ。」



「まさか……いや、でも……」



 拓也は思案げに眉を寄せる。



「もし本当にそうなら、色々と辻褄つじつまが合うな。おれが実のにおいを辿れないくらい綺麗に魔力の残滓ざんしが消されてたのも、ワイリーの銃に施されていた他人の魔力を取り込む術式が妙に不完全だったのも、エリオス様が裏で細工をしてたんだとしたら……」



「不可能なことじゃないね。国一番の技術者だもん。俺のことを綺麗に隠すことも、あえて術に綻びを作っておくことも簡単だったはずだよ。父さんのことだから、尚希さんや拓也が乗り込んでくる未来は見越していたはずだし、逆に……この展開を引き寄せるために、尚希さんにコンタクトを取りたくて仕方なかったワイリーに、あえて俺のことを吹き込んだ可能性だってある。」



「そんな……」



 拓也の顔色が、みるみるうちに青くなっていく。



「前から、疑問ではあったんだよね……」



 訥々とつとつと、実は語る。



「いつも父さんは、俺が行く先に先回りしてる。先回りできるだけの未来が見えてるなら、なんで俺の傍にいて助けてくれないの? 理由があるなら、その理由って何? 父さんは……俺のこと、どう思ってるの?」



「お、おい……」



「こんなこと、考えなくないよ。でも……頭から離れないんだ。あの時からずっと……なんでって考えるほど、今までのことが全部疑わしく思えて……もう、頭がおかしくなりそうだよ。」



 頭を抱えてうなだれる実。



 封印を解いて大変だったのに、連絡を一切くれなくて。



 もしかして、父は自分のことなどどうでもよくなったのだろうかと。

 そう思うと、心細くてつらかった。



 晴人はるとを追って飛び込んだ異世界で、ようやく少しだけ父の想いに触れられて。

 見捨てられたわけじゃないのだと、そう感じられて嬉しかった。



 それなのに今は、その父をこんなにも疑わなきゃいけないなんて。



 思えば、夢で父に会えたあの時を境に、自分の生活は一気にこちら側の世界の色へと染められた気がする。



 もしかしてそれは、父がそうなるように仕組んだことなのだろうか。



 疑い出したらきりがない。



 自分が父からネックレスを受け取った後、タイミングよくリラステが尚希を見つけられたのは何故?



 ユエがタリオンの西の森にいたのは、本当に単なる偶然?

 何故ユエの父親は、自分に会う前から自分が〝鍵〟だと知っていたの?



 ワイリーが桜理をさらったのは、そう提言した占い師がいたからだという。

 その正確すぎる提言は、果たして占いから得られたものだったのだろうか。



 ……もう、何もかも分からない。



 今だって、このまま山の頂上に向かったとして、そこに待っているのが本当に希望なのか判断ができない。



 父に会いたい気持ちは本物だが、父と対峙した時に何を聞かされるのかと思うと、逃げたくてたまらなくなるのだ。



 真実を知って立ち直れないほどに傷つくなら、いっそのこと何も知りたくない。



 それで、先に進めなくなったとしても………



「―――実。」



 その時耳朶じだを打ったのは、自分の心情とはまるで正反対の声だった。


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