盗聴のからくり

「………?」



 考えるより先に、違和感の正体を確かめようと手が動く。



 掴んだのは、とても小さな何か。

 その瞬間―――



「やべっ、無意識に…っ」



 激しく狼狽ろうばいしたルルが、実から手を離した。

 だが、一瞬で理性を取り戻した彼は、即座に何かを握る実の手首を掴む。



「小僧、ちょっとこっちに来い。」

「え…?」

「いいから! なんもしねぇよ!!」



 なんだか、ものすごい焦りようだ。

 言うことを聞くまでは、意地でも手を離してくれそうにない。



 少し悩んだが、実はルルに従って机を回って彼の隣に並ぶことにする。



「ちょっとこっち。」



 ルルは実の肩に自分の腕を回し、レイレンと拓也に背を向けて机の陰にしゃがんだ。



「いいか。とりあえず、黙ってその手の中のもんを返しな。」



 限界まで声をひそめ、ルルはそう告げて手を差し出してくる。



「へ?」



 まさかそんなことを言われるとは思ってもいなかったので、実はきょとんと目をしばたたかせて自分の手を見つめた。



 どうやら、さっき掴んだものはルルのものだったらしい。



 手の中で何かが震えているような感覚がするのは、掴んだものが所有者の元に帰りたがっているということなのだろうか。



 疑問は多々あったが、とりあえず自分がこれを持っていても仕方ないことだけは分かる。



 そういうわけで、実は素直に拳を開いた。



 手の中から落ちたそれはルルの手のひらに落ちると、目をみはるスピードで彼の服の中を通り、首を通過して耳の中へと入っていった。



 速すぎて見えにくかったが、あれは確かに―――



蜘蛛くも…?」



 ぽつりと呟くと、それを聞いたルルは大仰な仕草で息をつく。



「捕まえられた時点で察しちゃいたが、やっぱ見えんのか。嘘だろ…。こんな奴がいるなんて、聞いたことねぇぞ……」



 このルルの動揺を見るに、自分は本来見えてはいけないものが見えてしまったらしい。



(―――と、いうことは……)



 頭が猛スピードで、状況に対する考察を始める。



 ここまでルルが動揺するのだ。

 あの蜘蛛は、彼の能力のかなめと言っても過言ではないはず。



 そうすると考えられる可能性は、あの蜘蛛がルルと同調相手を繋ぐ糸を運ぶ役割を果たしているのか、もしくはあの蜘蛛自体が同調相手の耳の中に住み着く習性を持つのか。



「ねえ、訊いてもいい? もしかして、ルルさんが同調できるのって、本当は聴覚だけじゃないんじゃない?」



 物は試しだと訊ねてみると、ルルはぎょっとしたように肩を震わせた。



「今、ものすごい遺伝を感じたわ。なんで次に出てくる疑問が、いきなりそこに飛ぶんだよ。」



 なるほど。

 そういう反応をするということは、あの蜘蛛の役割は後者なのだろう。



 あの蜘蛛が耳ではなく目に住み着けば視覚に、鼻に住み着けば嗅覚に同調できるというわけだ。



 同調する感覚を聴覚に限定しているのは、魔力量的、もしくは精神負担的に、一つの感覚に集中する方が能率がいいといったところか。



 一人で考え事にふける実。



「おい、小僧。」



 ふいにルルが、実の肩に回す手に力を込めた。



「お前が、オレの能力のからくりをほぼ看破してんのは分かった。だがそれ、誰にも言うんじゃねぇぞ。お前ら総合型の人間にゃ分からんだろうが、特化型にとって自分の能力のからくりが見破られることは、心臓を掴まれたも同然なんだ。だから……頼む。」



 実は目を丸くする。



 ふと気付いてしまった。

 できるだけ抑えてはいるが、自分の肩を掴むルルの手が微かに震えていることに。



 心臓を掴まれたも同然。

 その言葉が大袈裟なものではないのだと、否応なしに伝わってくる。



 だからこそ、特化型の人々は自分のことを語らず、いくつもの仮面を被って日々を過ごすのだろう。



 特化型の人々が持つ苦悩が垣間見えた瞬間だ。

 そして、こんなものを見てしまっては、自分が取るべき行動など一つしか残らない。



 一度瞑目して、胸に手を当てた実は……



「分かりました。今見たものは、忘れることにします。」



 そう告げることにした。


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