ガラス工房の情報屋

 建物の中は、こざっぱりとした内装をしていた。



 滑らかなコンクリート製の床に八人ほどが座れる机が四つ並び、何かの講習用なのか、奥の壁には大きな黒板がえられていた。



 他の壁には木製の棚が設置され、そこには涼やかなガラス製品が綺麗に並べられている。



 右奥の扉の向こうから何かが燃える音が聞こえてくることを加味すると、ここはガラス工房だろうか。



「いらっしゃいませー。……って、なんだ。レイレンさんじゃないですか。」



 右奥の扉から出てきた作務衣さむえ姿の男性は、レイレンの姿を見た瞬間、がっかりしたように肩を落とした。



「うわぁ。そんな露骨な反応しなくても……」



「だってレイレンさん、こっちの商品全然買っていかないんですもん。どうせ、今回もルルさんでしょ。」



「当たり。」



 悪びれもせずに認めるレイレンに、男性は深い溜め息をついて、自分が出てきた扉とは反対方向に足を進めた。



 彼は黒板を挟んで左側にある扉の前に立つと軽くノックをして、向こうの返事を待たずに扉を開ける。



「ルルさーん。特注品受け取りのお客さんですよー。」

「ああ、通してくれ。」



 扉の中から聞こえてきたのは、柔らかく落ち着いた中性的な声。



 レイレンに続いて奥の部屋に入った実と拓也は、室内の光景に思わず息を止めて見入ってしまった。



 壁一面にぎっしりと並べられた、ガラス細工の数々。

 天井には、これまた数多くの風鈴やガラス製の飾りが吊り下げられている。



 空気を取り入れるために開けられた細い窓から風が吹き込むと、天井で揺れる風鈴たちが見事な音色を奏でた。



 まるで、一瞬で異世界に来てしまったかのようだ。



 そんな夢のようにも見える世界の中、机で新たなガラス細工と向き合っていた彼は、ゆっくりと筆をパレットの上へと戻した。



 濃いめの茶髪を後頭部で高く結い、額には手拭いを巻くという、なんとも職人らしいスタイル。



 どこか不機嫌そうに寄った眉と鋭い目つきの視線が、身につけている作務衣によく似合っている。



 人相はそこまで悪くないのだが、いかにも頑固そうな職人という風に見える男性だ。



「ルル、おひさー♪ 相変わらずだけど、ここでの姿はむさいなぁ。」

「よそでの話はご法度はっとだ。つまみ出すぞ。」



 フレンドリーなレイレンにきつい返事をくれてやり、ルルと呼ばれた男性は手元の器に山積みにしてあったあめを三つほどまとめて口の中へと放り込んだ。



「なんか、今日はいつにも増して不機嫌だね。」

「誰のせいだと思ってやがる。このトラブル製造機め。」

「いやぁ、その節はいつもどうもー。」



(あいつ……誰に対してもあんな態度なんだ……)



 ぶれないレイレンの態度に、実は拓也と共に呆れた溜め息を零すしかなかった。



 レイレンと付き合いが長くなった人間が行き着く先は、皆同じなのだろう。

 ルルも実たちと似たような顔をしながら、口の中の飴をガリガリと噛み潰す。



「―――で? なんの用だ。つい昨日は、エリオスの野郎も来やがったんだ。火の粉が飛んできそうなら、今回の仕事は蹴るぞ。お前らがほぼ同時に来ると、ろくなことがねえ。」



「!?」



 その名を聞き、誰よりも早く実がそれに反応する。



「と、父さんがここに来たの!?」



 思わずレイレンを押し退けて身を乗り出してきた実に、ルルはそれまでの不機嫌そうな色を吹っ飛ばして間抜けな顔をする。



「はっ……ええっ!? 嘘だろ!? うぐっ…!!」



 あまりにも驚いたのか、ルルは噛んでいた飴を誤って飲んでしまったらしい。

 激しく咳き込んだ彼は飴の器の隣にあった瓶を取り、その中の水を一気にあおった。



「あー…。レイレン……てめえ、なんつーもんを連れてやがる。」

「えへへー。びっくりした?」

「びっくりしたも何も……小僧、よく顔を見せてみろ。」



 言うや否や、ルルは問答無用で実の顔を両手で掴む。



「はあぁ……見れば見るほど、エリオスにそっくりだな。とりあえず、色々突っ込みてぇことはあるんだが、こいつは何がどうなってこうなってるんだ…?」



「ルルー。突っ込むだけ、野暮ってやつだよぉ?」



 レイレンがささやかに口を挟むが、もはやルルの耳にそんな些細な言葉は入っていないらしい。



「………」



 一方の実は、困った表情で固まる。



 いぶかしげな視線にさらされて気持ち悪いのだが、逃げるタイミングを完全にのがしてしまった。



 個人的にはこのままやり過ごすしかないと思うのだが、後ろで拓也が放っている不穏なオーラが怖い。



 拓也が強行手段に出る前に、どうにか穏便にこの場を収めなければ。

 そう、必死に頭を回転させていた時のことだった。



 ―――ふと、耳元でくすぐったいような感覚がしたのは。


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