無邪気な黄色

 それからさらに一時間後。

 実とユーリは、無事にジャージーの花畑に辿り着いていた。



「はいはーい。ジャージーちゃんでーす♪ ようこそいらっしゃいました!」



 ものすごい明るさで出迎えてきたジャージーは、どこか嬉しそうな表情をして、実たちの周りをスキップで飛び回った。



「ひとまず、みんなと同じようにコレあげるね~。そんでもって、コレはジャージーちゃんからのプレゼント!」



 そう言った彼女が渡してきたのは、ジャージーの花の形をした蜂蜜色の塊だった。



「これは?」



「ジャージーの蜜をぎゅぎゅっと濃縮した、特製の飴だよ。お腹いっぱい、疲労も魔力も全回復の一級品なんだから! もうちょっとでゴールだから、頑張ってね。」



「ふーん、そっか。はい、ユーリ。」



 二つもらった内の一つをユーリに渡し、実は迷わずに飴を口の中に放り込んだ。



「お、おい!」



 途端にユーリが困惑した声をあげるが、対する実はそんなことお構いなしで、口をもごもごと動かしていた。



 ジャージーが自慢するだけあって、もらった飴はとても美味しかった。

 飴を口の中に含んだ瞬間に花のいい香りが鼻の奥へと抜けていき、思わずほっとしてしまうような甘さが全身にみ渡っていく。



 そして彼女の言うとおり、飴を舐めてしばらくすると、それまで感じていた空腹感や疲労が嘘のように消えていった。



「うわぁ…。すごいね、これ。」



 すぐに噛み砕くのももったいないので、じっくりとその味を味わいながら、実は素直な感想を述べた。



「むふふ、そうでしょ? この味、到底人間には作れっこないんだからね。」

「確かに…。この味を知ったら、人間の食べ物の味なんて、全部かすんじゃいそうだね……」



 事実、素直にそう思えるだけのものだった。

 舌触りと風味、そして味にと、どれを取っても文句のつけようもないのだ。



「もう、実ったら正直者なんだから! そういう可愛い子、ジャージーちゃんとっても大好きだよ!!」



 すっかり上機嫌のジャージーは、タックルをするような勢いで実に抱きついて頬をすり寄せる。



「はいはい、ありがとう。」



 こういう歓迎はもう慣れたことなので、実は特に嫌がらずにその頭をなでてやる。



「………」



 一方、その場の空気についていけないユーリは、複雑な気持ちを抱きながら、二人のやり取りを聞くしかない。



「あれ、食べないの? すごく美味しいよ?」



 ユーリが飴に視線を落したまま固まっていることに気付き、実は彼に向かってそう問いかけた。

 それを受けたユーリは、さらに表情を渋くする。



「逆に、君はなんでそう疑わずに、なんでもかんでも口にできるんだ?」



 質問を質問で返され、実は数度まぶたを叩く。



 そうか。

 自分にとっての普通は、彼にとっての普通じゃないのだった。



「うーん、そう言われても…。精霊たちって、話をはぐらかすことはしても、嘘をつくことはしないからなぁ……」



 ユーリはこちらの言葉を聞いても、いまいちピンとこない様子で首をひねっている。



 自分の中では疑うまでもなく正しいことなのだが、それを自分以外の、しかも普段は精霊を視認できない人間に伝えるとなると難しい。



 まあ、彼女たちがユーリのことはどうでもいいと思っていると言ったのは自分だ。

 ユーリが彼女たちを疑うのは仕方ないことだし、そのことがなくとも、普段は見えない存在を信じろと言うのも難しいだろう。



「ま、細かいことは気にせず食べてみなって。もしそれが毒だったら、俺も一緒にお陀仏なんだしさ。」



 随分と縁起の悪い物言いをしてしまったが、ユーリは一度深呼吸をすると、腹をくくったと言わんばかりの表情で飴を口に入れた。



 そのまましばらくはおそるおそるといった様子で口を動かしていた彼だが、次第にその表情が懐疑的なものに変わり、そして徐々に眉間に寄せられたしわがなくなっていく。



「………」

「ね、美味しいでしょ?」



「…………うん。」

「素直でよろしい!」



 実の問いかけをユーリが渋々肯定すると、ジャージーは満足そうに笑みを深めた。



「じゃあ、素直な実に教えてあげる。連れの二人は、元気にしてるよ~。」

「えっ、ほんとに!?」



 それを聞いた実は、思わずジャージーの両肩を掴んでいた。



 別に彼女たちのことを疑っていたわけではないのだが、やはり頭の片隅で常に気になっていたことなので、少しでも話を聞けるならそれに越したことはない。



「うんうん。私、ぬし様に頼まれて二人のお世話をしてたから、間違いないよ。特に、拓也が元気すぎてねー。実が着いたら出してあげるって言ってるのに、全然聞いてくれないの。主様が作ったお家じゃなかったら、あっという間に壊れてたよー。尚希お兄さんは、のんびりお茶を飲んでる。私がれたお茶を、すっごく褒めてくれたの!」



「あー、それはなんとも二人らしいね。」



 実は微笑ましげに笑って肩を震わせた。



 今の報告だけで、二人が元気なのだと十分に分かった。

 癇癪かんしゃくを起こして暴れる拓也を、尚希が苦笑しながらなだめている光景が目に浮かぶようだ。



「ありがとう。おかげで、最後まで頑張れそう。よし、じゃあ行くか。」



 ジャージーから受け取った赤い髪飾りを握り締める実。



 残るはペリティールの花畑のみ。

 なんとしてでも、今日中にケリをつけよう。



 そう思って、気合いを入れた矢先。



「あーっ!! もうジャージーの所に来てるー!!」



 突然、そんな声が飛び込んできた。


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