互いがどんな人間であるかは関係なく

 それから、ゆうに一時間は経過した頃。



「やっぱり、君は見つけやすいな。」



 目的の姿を見つけ、ユーリは疲労が滲んだ息を吐いた。



「あ、少しは落ち着いた?」



 原っぱのど真ん中で寝転がっていた実は上体を起こし、気遣わしげな様子で首を傾げる。



「ああ、もう大丈夫だ。すまなかった。時間を取らせて。」

「気にしてないよ。」



「そうか。ところで……その……」

「………?」



「いや…。なんか、君の周りが騒がしくないか、と思って……」



 実の力を捉えた時点で、妙な気分はしていたのだ。

 その違和感の正体は、この草原で横たわる実を見つけた時にはっきりと見えた。



 実の周囲に、彼の力以外の様々な色がふわふわと舞っているのである。



「あー、ごめん。一人でいるとすぐにこれだから。ほらみんな、そろそろ帰りなよ。」



 実が何かを振り払うように手を振ると、その場にそよ風が吹き抜ける。



 くすくすくす……



 ふとそんな笑い声が聞こえた気がして、ユーリは後ろを振り返る。



 振り向いた先では、実の周囲にちらほらと見えていた力の塊がきらめいていた。



 その力たちはまるで遊ぶように空中を舞い、そのうち山の空気と同化して消えていった。



「その顔、見なくてもいいもんを見てるでしょ。もう見なくていいって言ったのに。」



 実はユーリの視線が追っているものに気付き、どこか不服そうに顔をしかめた。



「この目を使うことは、体に染み込んだ癖みたいなものなんだよ。なんで君がそんなに怒るんだ?」



「別に、怒ってない。」



 ユーリから顔を逸らす実だが、態度と言葉がちぐはぐだ。



「……ふふ。君は、本当に変わってるな。」



 どこか子供っぽい実の態度に笑いを誘われ、ユーリは肩の力が抜けたついでに、実の隣に腰を下ろした。



「本当にすまなかった。情けないところを見せたな。今は、互いがどんな人間であるかは関係なく、ただの一人の人間として謝らせてくれ。」



 やはり軽く謝るだけでは後味が悪くて、ユーリは実と正面から向き合って頭を下げた。



「え……いや、本当に大丈夫だって。さっきのことは、ユーリのせいってわけじゃないから。」



 予想どおり、人がすぎる実はそんなことを言って、こちらの非を否定する。



「ありがとう。でも、さっきのは紛れもなく僕の気持ちの一つだ。」



 ユーリは実の優しさに対して、きっぱりと首を左右に振った。



「たとえ衝動を抑えられなかったのがこの山のせいだとしても、それは変わらない。そして、君に当たり散らすことが正しいことじゃなかったことも事実だ。君が僕の無礼をなかったことにするなら、僕も君の都合に巻き込まれたらしいことはなかったことにするけど?」



「あっ、ずるっ!」



「君が、超がつくくらいのお人好しだってことは昨日で分かったからね。これで言い返せないだろう?」



「うぐっ……」



 実は思い切り言葉につまる。

 素直すぎるその反応に、ユーリは思わず噴き出して小さく肩を震わせた。



 彼と接していると、どうしようもなく力が抜けてくるから不思議だ。

 意地も建前も、くだらないものにしか思えなくなってくる。



「―――僕は……」



 そして、彼の傍にいるとなんだか口が軽くなってしまうのだ。


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