青いチェシャ猫

「あんれー。意外にあっさりと着いちゃったのね。」



 青い花畑の真ん中で寝転がっていたミストットは、真上から自分を見下ろしてきた実たちを見ると、目をまんまるにした。



「ふーん。そういうことか……」



 ミストットは実とユーリの双方を見て何かを見抜いたらしく、すっと目を細める。

 その目に静謐せいひつで知的な光が宿ったと思いきや、彼女はすぐに表情を明るくして、勢いよく跳ね起きた。



「じゃ、とりあえずコレとコレあげるね。ソレ返して。」

「はいよ。」



 ルコラスともそうしたように、ミストットから青色の石と緑色の髪飾りをもらい、代わりにそれまで持っていた青色の髪飾りを返してやる。



「ありがとね。それにしても、意外だにゃあ。実がその子を助けようとするのは分かってたけど、まさか二人で協力しながら進んでくるなんて。」



 しゃがんだ膝の上に頬杖をつき、ミストットはチェシャ猫のような含み笑いを浮かべる。



「まあ、背に腹は代えられないから。」

「ふぅん。まあ実たちがそう決めたなら、私が口を出すことじゃないけど。」



 するりとユーリへ滑る、ミストットの視線。



 そして――― にやり、と。



 彼女の唇が、意味ありげに歪んだ。



「こんなお山の力が強い場所でまで、その目を使っちゃっていいのかなぁ? ねぇ、ユーリ君?」

「―――っ!!」



 やけにゆったりとした口調で問いかけられ、ユーリは青い顔で息をつまらせた。



「ユーリを知ってるの?」



 人間に介入しない精霊が、個人の名前まで知っているとは珍しい。

 純粋に驚いた実がそう訊ねると、ミストットはこくりと頷いた。



「まあねー。昔からこのタイプの能力の子って、神聖視されてお山の中にほぼ軟禁状態だもん。それが島のためになってるのは確かだけど、君が見てるそれって、本来人間に見えていいものじゃないからねぇ。」



 意地悪く、しかしどこか面白そうな顔をするミストット。



「こんな所でまでその目を使ってたら、余計に寿命が縮むよ?」

「………」



 ミストットが口を開くごとに、どんどんユーリの表情から血の気が引いていく。



「おい、やめてやれ。」



 今にも倒れてしまいそうなユーリをこれ以上見ていられなくて、実は思わずミストットとユーリの間に立って、ユーリをかばった。



悪戯いたずらのつもりかもしれないけど、今のは悪質すぎるよ。触れられたくない事情もあるんだろうから、それ以上は何も言わないであげて。」



 彼女たち精霊は、人間の事情なんか気にしない。

 それ故にこうやって、度の過ぎた言葉を躊躇ちゅうちょなく言い放つことも。



「ちぇー。はーい。」



 少しだけ非難の念を強めてたしなめると、ミストットはつまらなそうに唇を尖らせながらも、素直に引き下がった。



 よかった。

 こういう時は、自分が精霊たちと仲がいいことが大いに役立ってくれる。



 とはいえ、一度きしんでしまった空気は、そう簡単に元に戻らない。



「じゃ、俺たちはもう行くから。」



 後ろのユーリが未だに蒼白な顔をしていることがどうしても気になり、実は彼の手を引いて、早めにその場を後にした。


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