紫の問いかけ

 上手く力を見分けてこい、と。



 花守はなもりたちはさも簡単そうに言ったが、いざやってみると、相当な感度と技術が必要だということが分かる。



 桜理がさらわれた時に似たようなことをやった記憶があるが、あの時に割と簡単に桜理の居場所を突き止められたのは、桜理を助けたくてはやる心が、火事場の馬鹿力でも引き出したからなのだろう。



 余計な気配に散々邪魔をされ、四苦八苦しながら森の中を進んだ。



 ユーリとはというと、意外なことに協力的な関係を築けている。



 自分があまりにも力の見極めに手こずっていると、さりげなく大まかな方向を指し示してくれるのだ。

 示された方向に進むと追っている力の気配が確実に近くなるので、こちらとしてはかなり助かっている。



 一つ気になることがあるとすれば、ユーリが自身の能力を使う度に、こちらの魔力にあてられてつらそうな顔をすることだ。



 何度か控えめに無理をしなくてもいいと言ったのだが、今のところ、それを聞き入れてくれる雰囲気はない。



 そんなこんなで森を進み続け、二時間ほどをかけてようやく、最初の花畑に辿り着いた。



「おーい! こっち、こっちー!!」



 花畑に足を踏み入れると、その真ん中で一人の少女が手を振りながら呼びかけてきた。



「よしよし、ちゃんと来られたんだね。」

「よしよし、じゃないよ。さすがに、妨害しすぎじゃない? どんだけ時間かかったと思ってんのさ。」

「難易度は高い方がやりがいあるでしょ。初めてでこの時間なら、十分優秀。」



 開口一番に文句を言った実に、ルコラスは悪戯いたずらっぽく笑う。



「ようこそ、ルコラスの花畑へ! ね、綺麗でしょ! 綺麗でしょー!!」



 言葉を弾ませたルコラスは、実の腕にしがみついてブンブンとその腕を振る。



 確かに彼女の言うとおり、辺り一面が鮮やかな紫色に染められて淡く光るここは、息を飲むほどに美しい。



 聖域というだけあって空気も清浄だし、これだけ強い魔力に満ちた場所なら、さっきまで散々使いまくった魔力もすぐに回復するだろう。



 だが。



「お前らとの遊びのことがなけりゃ、もっといい景色に見えたんだけどな。」



 それを素直に認めてやるかは別問題である。

 実がそんなひねくれた感想を述べると、ルコラスは大きく頬を膨らませた。



「実のいじわるー!! ほんとは、綺麗だって思ってるくせにー!!」

「ちょっとした仕返しだ。期待したコメントなんか返してやるか。」



「ひどーい!」

「否定されなかっただけ、マシだと思って。ってか、さっきから気になってたんだけど、なんで大きくなってんの?」



 くだらない話は早々に切り上げ、実はルコラスにそう訊ねる。



 二時間前に話していた時は手のひらほどの大きさだった彼女だが、今はどういうわけか、人間の年相応の少女と同じ大きさになっているのだ。



「力を少し強めに出して、体を大きくしたの。これなら多分、後ろの子にも見えるでしょ?」

「あ…」



 言われて後ろのユーリを振り仰ぐと、彼はルコラスの言葉を肯定するように首を縦に振った。



「なるほど。ユーリのこと、完全に無視するつもりじゃなかったんだ。」



「ペリティールは、無視する気満々だったけどねー。でも、それじゃあ実が困っちゃうと思って。みんなにも頼んでおいたから、みんなもその子に姿が見えるようにしてくれるよ思うよ。」



 どうやら同じ花守でも、全員が全員同じ考え方で動いているわけではないらしい。

 これで無茶振りに対する文句が消えるわけではないが、配慮にはそれ相応の態度で礼儀を尽くすべき。



「ありがとう。さっきはちょっと大人げなかったよ。ごめんね。」



 実は表情を緩め、ルコラスの頭を優しくなでてやった。

 すると、それだけでルコラスが態度を百八十度回転させた。



「えへへー。やっぱり、実は優しいねー。」



 先ほどまでの不機嫌さはどこへやら。

 ルコラスは実の腕を掴む自分の手にぎゅーっと力を込めて、頬をすり寄せる。



「こっち、こっち! こっち来て!」

「はいはい。」



 ぐいぐいと腕を引かれ、実は苦笑しながらルコラスについていくことにする。



 ルコラスが向かった先には、他のものよりも大きなルコラスの花が咲いていた。

 花は悠然と風に揺れ、花びらについた水滴がきらきらと輝いている。



 ルコラスはその花の前に膝をつき、そっと両手を差し出した。



 すると花の輝きが増し、花の中心から一際輝く液体が流れ出した。

 それは花びらの先に小さな雫を作り、ルコラスの手の中に落ちていく。



 彼女の手の中に落ちたそれは、紫色の小さな水晶のような石に形を変えた。



「はい、これあげる。」

「これは?」



「ちゃんと自分のとこに来れたっていう証拠。最後にぬし様にそれを渡せばいいの。大事にしてね。それ、半年に一度しか採れないんだから。」

「へぇ…」



 実は、もらった石を天にかざしてみる。



 花たちの淡い光を受けて、石は美しく輝く。

 まるで石の中に、星を閉じ込めたかのようだ。



 半年に一度しか採れないというだけあって、この石に込められた魔力は、相当な純度と強さを持っている。



「それと、もう一個渡すね。」



 そう言ったルコラスに渡されたのは、小さな青色の髪飾りだ。



「次の場所に行くヒントってことね。」

「うんうん。」

「じゃ、これはルコラスに返すよ。」



 青色の髪飾りを受け取った代わりに、それまで持っていた紫色の髪飾りをルコラスに渡す。



「ありがとー。今日はもう遅いから、ここで休んでいっていいよ。花畑の中は、お山の中でも特殊な場所なの。だから、寒くないでしょ?」



「ああ、そういえば。」



 確かに、森の中を歩き回っていた時に感じていた厳しい寒さがなくなっている。

 こんな真冬なのに花が咲き乱れているのは、ここが季節に左右されない特別な空間だからということか。



「ありがとう。そうさせてもらう。」



 今日は朝から休憩する間もなくここまで来たので、さすがに休みたい。



 この空間の中にいれば寒さとは無縁なわけだし、一休みする場所として、これほどまでに好都合な場所は他にないだろう。



「ゆっくりしていって。自分は報告で主様の所に行っちゃうから、そっちのお兄ちゃんも、そんな警戒しなくていいからね。」



 ばっちり警戒心を見抜かれ、さりげなく身構えていたユーリが肩を震わせる。

 それに構うことなく、ルコラスは実の両手を引っ張った。



「ねぇ、実。最後に、ちょっと訊きたいことがあるの。次に会った時にでも、教えてくれるといいな。」



 これまた、妙な質問のし方をするものだ。

 実は小首を傾げた。



「次に会った時って、そんな難しいことなの?」

「難しいっていうか……多分実、すぐに答えられないと思うから。」



 確信に満ちた口調で断言したルコラスは、微かに笑みを深めてこう問いかけた。





「実は今、ちゃんと幸せ?」





「――― え…」



 たっぷりの間を開けてようやくその一言を呟いた時には、すでにルコラスの姿はそこになかった。



 何故、彼女はそんなことを知りたがるのだろう。

 もしかして彼女は、これまでの自分の半生を知っているのだろうか。

 仮にその答えを知ったとして、彼女になんの得があるのだろう。



 疑問に思うことは、たくさんあったはずなのに。



「……すぐに答えられない、か。そういうことね。」



 ルコラスの推測があまりにも的確すぎて、あれこれと考えるよりも前に、笑いが込み上げてきてしまった。



 実は気付いてはいない。



 吊り上げた口の端とは対照的に、その瞳が少しばかり泣きそうだったことに。


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