隔離

「ん……」



 なんだろう。

 ひどく頭が重くて気持ち悪い。



(何が……あったんだっけ……)



 混濁する思考をどうにか働かせ、記憶を手繰たぐる。



 そうだ。

 確か自分は、無我夢中で森の中に飛び込んだのだ。



 何故そんなことをしたのだろう。

 それは―――



『さて、それはどうかな?』



 そう言って笑った実が、自ら結界の向こうへと身を投げたから。



「―――っ!!」



 そこまで思い出した時点で、一気に目が覚めた。



「実!?」



 慌てて体を起こした拓也は、自分の肩を抱いて顔を歪めた。



「いって……」



 何が起こったのだろう。

 全身が、まるで刃物で切られたかのようにピリピリと痛む。



 体のどこを見ても、外傷らしき外傷はないのだが……



「くそ、ここどこだよ……」



 周囲を見回し、拓也はぼやく。



 森の中に飛び込んだはずなのに、ここは建物の中のようだ。

 床や壁も全て木でできた簡素なこの部屋には、一通りの生活用品が揃っている。



 違和感があるとすれば、この部屋に窓が一つもないという点。

 あえて窓を作らなかったのか、あるいはここが地下で窓を作れなかったのか。



「………」



 拓也は表情を険しくする。



 ここにある光源は、天井からぶら下がった小さな照明のみ。

 その明かりがついているということは、ここに人がいると見て間違いないだろう。



 その誰かが、倒れていた自分たちを見つけてここに運んだのか。



「……尚希。おい、尚希。起きろって。」



 とりあえず、近くに倒れていた尚希の肩をゆすることにする。



「うん…」



 ゆっくりと身を起こした尚希は、拓也と同じように頭を押さえた。



「うわ、目が回る……」

「尚希もそうか。」



 尚希の反応を見つめ、拓也はさらに眉間に力を込めた。



 自分も尚希も同じ状態になっているのが、どうも頭に引っかかる。

 これはもしかすると、自分たちをここに運んだ誰かは、ただの親切な通りすがりというわけではないかもしれない。



「あれ? ここどこだ?」

「おれが知るわけないだろ。」



 辺りを見回す尚希にぶっきらぼうに返し、拓也は静かに立ち上がった。



 動く度にひきつれるように痛む体を気合いで引きずり、この部屋の中に唯一あるドアへと向かう。

 ドアノブを下ろしてみたが、返ってきたのは予想どおり、固い感触だけだった。



「出すつもりはない、か……」



 ぼそりと呟く拓也。

 次の瞬間、拓也の全身から大量の魔力が噴き出す。



 このまま、問答無用でドアを叩き破るつもりでいた拓也だったが。





「あー、待った、待った。相変わらず、すぐに手が出る子だなぁ、君も。」





 突如室内に響いた声に、拓也は放とうとしていた攻撃を止めた。



「誰だ?」



 短く誰何すいか

 薄く開いた口腔から漏れたその声には、いとも簡単に人の心を怯えさせるだけの威力がこもっていたが、声の主は動揺の一片も見せなかった。



「ごめんね。ちょっとした都合で君たちの前に姿は見せられないんだけど、まあ君たちの敵ではないよ。」

「それでおれが納得すると?」

「思ってないね。だからあえて、そこに落としたわけだし。」



 相手は飄々ひょうひょうと告げる。



「とりあえず、勝手に事情だけ説明するよ。実君には今、花守はなもりたちを相手に、とある試練に挑んでもらってるよ。今回は基本的に実君一人で乗り越えてもらいたいから、実君に手助けをしそうな君たちは、ここに隔離させてもらったわけ。」



「目的はなんだ?」



「目的? そうだなぁ……僕が助けるに値するかどうかを見極めるためってのが第一。あとは単純に、試練を越えるために必要な技術が今後も必要になるはずだから、その練習の場を提供したってとこかな。」



「助ける、だと?」



 一言を重ねるごとに、拓也の雰囲気がどんどん刺々とげとげしくなっていく。



 それを声音から感じ取ったのだろう。

 彼は大きく息を吐いた。



「もう、そんなに怒らないでよ。君たちの安全は保証するって実君と約束してる手前、あんまり手荒なことはしたくないんだから。実君も、そこまで危ない目に遭わせるつもりはないよ。どのみちゴールはここだし、僕が見限ったら、その時点で実君は君たちのとこに返すつもりだから。第一、僕だって被害者なんだからね。」



 途端に、彼の口調に不機嫌さが滲んだ。



「僕だってこんなめんどくさいことはしたくないのに、エリオスとあの人がどうしてもって言うからー……」



「―――っ!! やっぱり、エリオス様が絡んでるのか!?」



 彼の言葉を聞きとがめ、拓也はすぐにそう切り返す。

 しかし、その問いかけに答えは返ってこなかった。



「……おっと。これ以上は言っちゃまずかった。その疑問の答えは、想像にお任せするよ。」



 彼がそう言って、答えを伏せたからだ。



「おい! ふざけんな!!」



 ついカッとなってしまった拓也は、怒りのおもむくままにドアを殴りつける。

 しかし。



「つっ…」



 ドアはびくともしないばかりか、ドアを殴った瞬間に全身の痛みが倍増して、拓也は思わずその場に膝を折った。



「拓也!?」

「あーあ、やっちゃった。」



 慌てて拓也に駆け寄る尚希と、呆れたように呟く声の主。



「無理しない方がいいよー。人形使いに、あれだけ派手に逆らったんだもん。見えないから勘違いするだろうけど、体は相当傷ついてるよ。」



「人形、使い…?」



「うーん…。招いた手前、放置っていうのも気持ち悪いな。ジャージー、おいで。」



 拓也の言葉には構わず、彼は一人で話を進めてしまう。



「はいはーい! お呼びですかー?」



 ポンッという気の抜けた音と共に、可愛らしい声が飛び込んできた。



「君の出番って、まだ先でしょ? そこの彼が人形使いの糸にやられてるみたいだから、薬を作ってあげて。」

「はいはい、かしこまりー。すぐに作ってお届けしまーす。」



「頼んだよ。」

「えへへ、このジャージーちゃんにお任せあれ。」



 彼らの会話はものの十数秒で終わり、再び響いた軽い発砲音を境に、少女の声は聞こえなくなった。



「と、いうわけで。」



 再度彼が、拓也たちに意識を向ける。



「ジャージーがそのうち薬を持っていくと思うから、それを飲んで大人しくしててね。結果がどうであれ、実君がここに着いた時には、君たちもちゃんと解放するから。そこに置いてあるものは好きに使って。」



 のがしてなるものか。

 彼が話を切り上げようとしているのを察し、拓也は彼を引き留める糸口を探す。



 しかし、それは叶わなかった。

 次に続いた彼の言葉に、頭が真っ白になってしまったからだ。



「一応言っとくけど、君の中にいる槍には大人しくしといてってお願いしてある。今だけは君の言うこと聞かないはずだから、無駄なことはせずに休んでなさい。」



「―――っ!?」



 目を大きく見開いた拓也が動揺から立ち直る時間を待たずに、彼の声は一切聞こえなくなった。



「………」



 しん、と静まり返った部屋の中。

 拓也はおそるおそる、自分の胸に手を当てる。



 彼が言ったとおり、いつもなら自分の意志に応えて震えてくるはずの気配がない。

 どんなに呼びかけても、胸の中は静かなままだ。



 召喚具なんてもの、まるで最初からなかったかのよう。



(一体……何がどうなってんだよ……)



 胸元をぎゅっと握り、拓也は奥歯を噛み締めるしかなかった。


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