第3章 迷いの森

予測していなかった反応

「………」

「………」

「………」



「………」

「………」

「……何呆けてるの?」



 いつまで経っても一言も発しない実とユーリに、突然現れた精霊の少女はきょとんと首を傾げた。



「えっと……とりあえず、なんの用って訊けばいい?」



 我ながら、間抜けな質問だ。



 困った表情で首を傾げた実に、精霊はくすくすと笑う。



 そして彼女が放った次の言葉に、実は自分が呆けている場合じゃないと思い知らされることになる。



「エリオスに会いに来たんでしょ?」

「なっ…!?」



 戸惑いのせいでにぶっていた思考が、それで一気にクリアになった。



「知ってるの!?」



 思わず身を乗り出した実に、彼女は何度も頷いた。



「うん。最近よくここに来ては、ぬし様にちょっかい出してるよ。今も主様のお家で、お茶でも飲んでるんじゃないかな?」



「本当に……」



「嘘なんかつかないよ。エリオスの息子の実君?」



「―――っ!!」



 名乗ってもいないのに名前を呼ばれ、実は目を見開いた。

 別に彼女のことを疑っていたわけではないのだが、これは嫌でも認めざるを得ない。



 ―――父は、確かにここにいるのだと。



「むふふ。本格的に食いついてきた顔だねー。それでこそ、これからの遊びが面白くなるってもんよ。」



「……ん?」



 遊び?



 なんだか雲行きが怪しくなってきて、実は怪訝けげん深そうに眉を寄せる。



「だって、すぐに会わせたらつまんないじゃん?」



 彼女は悪戯いたずらっぽく口の端を吊り上げる。



「エリオスに会うために実が結界を飛び越えてくるのは分かってたんで、結界を越えたらこの辺に落ちてくるように細工しちゃいましたー。お友達はまた別の場所に落としたけど、危ないことはしないから安心して?」



「……それ、約束だからね?」



 彼女の所業を責めても今さらなので、拓也たちの安全の保証だけを確認することにする。



「うんうん、約束する。」



 彼女は素直に頷き、次に何かを考え込むように腕を組んでうなった。



「んー……でも、本当は実だけをここに連れてくるはずだったのに、一緒に別の子も連れて来ちゃった。計算外だったなぁ。」



「あ…」



 その言葉でユーリの存在を思い出し、実はそろそろと後ろを振り返る。



 一般人から見たら、今の自分は何もない場所に話しかけているおかしな人間だろう。

 さて、どう事情を説明したものか。



 てっきり、ユーリに不審な目を向けられていることを想像していたのだが―――



「え…?」



 背後を見た実を出迎えたのは、全く予測していなかった光景だった。



 ユーリは黙したまま、精霊が浮かぶ方向を見つめていたのだ。



 まっすぐに精霊を見つめているあたり、こちらの視線をただ追っているというわけでもなさそうだ。



「もしかして……見えるの?」



 訊ねてみると、ユーリは微かに首を横に振った。



「完全に見えているわけじゃないよ。そこに何かがいるってのが分かるくらい。あと、君はそこにいる何かと話をしているんだろうけど、僕はその声までは聞こえていない。」



「そ、そっか……」



 自分の正体を見抜いたことといい、精霊の存在を感じていることといい、ユーリの感覚には人並み外れたものがあるようだ。



 彼が特化型であると仮定するなら、これは彼の能力によるものだとも察せられる。

 今後彼をやり過ごすなら、少しでも彼の能力について情報が欲しいところだ。



 そんなことを考えていると……



「んー、まあいっか!」



 精霊が開き直って表情を明るくした。



「正直その子のことはどうでもいいし、考えないことにしよっと!」

「ちょっと!!」



 どうでもいいわけがないだろう。

 口調を荒げた実だが、対する彼女は全く悪いと思っていない様子だった。



「えー…。だってずっと見てたけど、その子は実のことを殺そうとしてたわけでしょ? なんで情けをかける必要があるかな?」



「そ、それは……」



 一瞬で口ごもることになる実。

 そんな言い方をされたら、何も言い返せないではないか。



「ってなわけで、私は知らなーい。実が助けたいなら、助けてあげたら?」



 にべもなく言い捨てられてしまい、実はちらりとユーリを一瞥いちべつ



 確かに、ユーリにはこれまでの行いがあるわけだし、本来は人間と馴れ合わない精霊に彼のことを助けてやれというのもおかしな話かもしれない。



 とはいえ、事故みたいなものだとしても、ユーリが自分の事情に巻き込まれたことは事実。



「……分かったよ。で、俺は何をすればいいの?」



 ここであれこれ議論してもらちが明かないので、実は素直に彼女の要求を飲むことにした。


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