第2章 追いかける足跡

サティスファの観光業

 尚希と合流し、実たちは山頂への道を探すために一度大通りへと戻ることにした。



 山頂へ向かう道は観光地の一つとして確立されているらしく、大通りに出てしまえば、人の流れに乗っているだけで簡単に山のふもとへと辿り着くことができた。



 入山券を購入し、山に入るための門をくぐる。



「はい、こちらをお持ちくださいね。」



 受付にいた女性に入山券と引き換えで渡されたのは、五種類の造花だった。



「ん…? 何これ?」



 とりあえず人の流れの邪魔にならない場所にけ、実は突然渡された造花に首をひねる。



「ふむふむ、なるほど……」



 いつの間に手に入れていたのだろう。

 島の観光案内に目を落としていた尚希が、納得の表情で顔を上げた。



「この山は、頂上に着くまでに五つのお堂があって、この花を一つずつ奉納する決まりになっているらしい。それぞれのお堂に宿が併設されてて、日暮れ以降は安全面の観点から、山道を進むのは禁止されるようだな。となると、今日は早く進めても二つ目までが限界か。」



「ええっ!?」



 実は素っ頓狂な声をあげる。



 なんなのだ、その決まりは。

 ただ時間と金がかかるだけではないか。



「ははは、仕方ないな。道は一本だけらしいし、周りは物見ものみ遊山ゆさんの観光客だらけだ。オレらだけが違う動きをしたら、怪しまれるだろ。」



「うう、でも……」



「慌てるなよ、実。全員ここに来るの初めてなんだから、移動魔法も使えない。ここは、地道に進んでいくしかないさ。」



「う…。それはそうなんだけど……」



 尚希には苦笑され、拓也には控えめにたしなめられ、実はぐっと唇を噛むしかない。



「まあまあ。とりあえず進もう。ここであれこれ言ってても、時間が過ぎてくだけだしな。」



 観光案内をポケットにしまい、尚希は実と拓也の肩を押して人々が行く道へと戻る。



 確かに、尚希の言うとおりだ。

 状況がどうであれ、今は先に進む他に道はない。



 胸にわだかまる焦燥感を抑えつつ、実は尚希たちと共に緩やかな山道を登り始めた。



 尚希が話していたとおり、山頂へ続く道は綺麗に一本だけだった。

 その道以外には、獣道すら見当たらない。



 なんだか、人間の領域とそうではない領域がきっちりと分けられているようだ。



「………」



 実はさりげない仕草で、時おり手に当たる物に触れてみる。



 人々の行く先を導くように地面に等間隔で穿うがたれた杭と、それらを繋ぐロープ。

 杭には全て同じ模様が彫られており、ロープの状態もかなり綺麗に保たれている。



 観光地として、綺麗に整備されているのだろう。

 そう思えばそれだけのことだが、どうも頭にひっかかる。



 本当に、これらがそれだけの意味でここにあるのか、と。



 違和感を抱えたまま歩き続け、最初のお堂に到着したのは、山に入ってから約一時間後のことだった。



 山道に唯一ある脇道を進んだ先には、お堂を中心として小さな町が広がっていた。

 お堂の向かいに宿があり、その他にもいくつかのレストランや雑貨屋が立ち並んでいる。



 頂上への道のりは、まだまだ長そうだ。

 見た目どおり、かなり高い山と見える。



「それにしても、人が多いですね。」



 花を奉納する人たちの列に並びながら、実は周囲の様子を見回す。



 和風な情緒があふれる風景も相まって、本当に日本の有名な観光地に訪れた気分だ。

 お堂へと続くこの道も、周りにある店も多くの人々で賑わっている。



 いくら整備されているとはいえ、この山道は一般人には厳しいのだろう。

 楽しそうに談笑する人々の顔には、少なからず疲労の色が見られた。



「上手く商売として成り立ってるな。さすがは、うちから直通で船が出ているだけある。今度、個人的に視察に来るかなぁ。」



「ほら、また職業病が出てるぞ。」



「別にいいだろ。せっかく来たなら、得られるものは得ないとな。」



 半目になる拓也に、尚希はとびきりの笑顔でウインクをしてみせる。

 いつものやり取りをする尚希と拓也に笑みを零しつつ、実は先にお堂の中へと入ることにする。



「へぇ…」



 両開きの大きな扉をくぐり、中を眺めた実は素直に感心してしまった。



 天井の高いお堂の中には、見上げるほどに大きな仏像がそびえ立っていた。

 仏像の前方には腰ほどの高さの柵が設置され、その手前には花の模様が彫られた賽銭箱と献花台が据えられている。



 町の雰囲気もそうだったが、こういうお堂の中まで日本のそれとここまで似ているとは。

 まるで接点などないはずなのに、ここまで似通うとは面白い。



 自然にこういう文化が育まれていったのか、過去に地球から次元を渡った誰かが、この島に故郷の文化を広めたのか。



 お堂の様子を観察しながら、そんなことを考えていると―――



「あら…」



 ふと、横からそんな声が聞こえた。


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