意味が分からない依頼

「………」



 実たちが出ていってしばらく。

 ルルは静かになった扉の向こうを、じっと見つめていた。



「あれがあいつの息子、ねぇ……」

「ふふふ、全然似てないでしょー?」



 レイレンが面白おかしそうに笑う。



「いや、逆にそっくりなんじゃねえか?」



 ルルは息を吐きながら、椅子に腰を下ろした。



「あいつは他人に容赦がねぇし、いとも簡単に他人を操る策士だが、私利私欲のためにはその力を使わねぇ。あいつに使われて破滅する奴は、必ずそいつ自身に破滅する理由がある。あいつはいつも、そのきっかけを与えてるだけに過ぎねぇのさ。」



「おお~。エリオスのこと、よく知ってるじゃなーい。」



「茶化すな。あいつの聴覚に手ぇ出して、運悪く知っちまったんだよ。その対価として、死ぬか下僕になるかを選ばされたわ。」



「―――ははぁーん…。だから実の年格好に驚きはしても、実の存在自体には驚かなかったんだねぇ。」



「………」



 言ってやると、ルルは眉間にしわを寄せて渋い顔をする。



 なるほど。

 エリオスの聴覚に同調した際に、うっかりと実の存在を知ってしまったのか。



 そして、それに気付いたエリオスの本性を目の当たりにし、死にたくなくて下僕の道を選んだと。



 ―――なんてうらやましい!!



 実のことが知られたとなれば、あのエリオスといえど、仮面の笑顔も吹っ飛ばして素の表情で怒りを示したはず。



 そんな彼に脅されるとは、なんて貴重ですばらしい体験をしているのだ。



 何故か悔しがるレイレンはさておき、ルルは深く溜め息をつく。



「まあ、オレは正当な報酬も受け取ってるから別として、エリオスは一貫して、そういう奴しか都合よく利用しない。それがあいつなりの美学なんだろうな。臨機応変なように見えて、そこだけは曲げられねぇんだから、ある意味潔癖か。実からも似たような空気を感じたぞ。あいつ、曲がったことが大っ嫌いだろ?」



「うん、嫌いだね。そういえば、拓也君もキースも、実のことを潔癖だって言ってたっけ。」



「だろ? 他人にそう見えやすいか見えにくいかが違うだけで、根っこはばっちり親子じゃねぇか。」



 とはいえそれを抜きにしたとしても、あの素直さにはびっくりさせられたが。



(あれが、何度も殺されかけてる子供がする顔かねぇ……)



 エリオスと実の事情を思いがけず知ってしまった自分としては、あの実の純粋さがいまひとつ納得いかない。



 普通、もう少しひねくれていてもよさそうだが。



「あら、そんなに浮かない顔してどうしたの?」



 黙り込んだルルに、レイレンが不思議そうに首を傾げた。



「いや……」



 ルルは目を伏せて、机を指でとんとんと叩く。



「少し、あいつらのことが心配でな。じつは、エリオスに口止めされてて言えなかったんだが、この島には一人勘の鋭い奴がいてな…。山頂を目指すなら、ほぼ確実に会うことになるだろう。……実の正体がばれなきゃいいが。」



 それは初耳だ。

 レイレンは瞠目する。



「へぇー。じゃあ、ルルは実がここに来るって知ってたんだ?」

「んなわけねぇだろ。知ってたら、あんな驚くかよ。」



 レイレンの問いに、ルルは首を横に振った。



「自分の行方を訊いてくる奴が来たら、それだけは言わないでくれって依頼されてただけだ。だからてっきり、お前のことだと思ったんだよ。まさか息子が来るなんて、つゆほどにも思ってなかったわ。」



 そう。

 まさかエリオスが言っていた相手が実のことだなんて、本当に予想していなかったのだ。



「分かんねぇな……」



 ルルは呟く。



 自分は仕事としてエリオスからの依頼を忠実に遂行しただけだが、彼とはそれなりに知り合った仲だ。



 エリオスがわざと実を自分の元へ誘っているのだとしたら、あの依頼の意味が分からない。



 あんな依頼、エリオス自らの手で実のことを危険にさらしているようなものだ。

 それは、少なくとも自分が知っているエリオスなら絶対にやらないであろう行為。



 それでももし、そうしなければいけない理由があるのだとしたら……



「あいつ、今度はどんなめんどくさいことに首を突っ込んでるんだろうな。」



 エリオスがここを出ていった今となっては、もう事の真相が掴めるはずもない。



 そもそも、あのエリオスのことだ。

 こちらが問いただしたところで、口を割らないだろうが。



「………」



 ルルは物げな表情で、あめを口に放り込むしかなかった。


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