馴染みのある風景

「んー……とうちゃーく!」



 船から降りたレイレンが、大きく伸びをしながら深く呼吸をする。



「………」



 彼の後ろに続いて船から降りた実は、きょとんとして周囲の様子を眺めた。



 足を降ろした木製の桟橋の向こうには、巨大な鳥居。

 その奥には、ここを訪れた観光客相手に解放された商店街が広がっているようだ。



 地面には石畳が敷かれ、通り沿いに建つ店は、皆一貫して縦にではなく横に広くスペースが取られた構造をしている。



 横開きの扉といい、木製の格子の向こうに見える淡いがらの入った障子窓といい、屋根を覆う瓦といい……



「おおー。これまた、随分和風な場所だなぁ。」



 尚希が感心したように、そんな感想を述べた。



 そうなのである。

 この町の景色は、さながら日本の歴史漂う観光地がそのまま出てきたようだった。



「……そりゃ、世界は広いんだし、こっちにもこういう場所があってもおかしくないよね。なんか、変な気分がするけど。」



 率直な気持ちを言うと、隣で尚希が微笑ましげに肩を震わせる気配がした。



「何やってるのー? こっち、こっちー♪」



 自分たちがついてきていないことに気付いたのだろう。

 すでに鳥居の下にいたレイレンが、手を振って呼びかけてくる。



 何故当然のように、彼の後ろについて回らなければいけないのか。

 反射的にそんなことを考えたが、今は彼以外に利用できる情報源がないので仕方ない。



 実たちが鳥居の下まで辿り着くのを待ち、レイレンは鼻歌を歌いながら鳥居をくぐった。

 何かしらのあてがあるのか、彼の歩みには一切の迷いがない。



 数分ほど歩いたレイレンが足を踏み入れたのは、特にこれといった特徴もない店の一つだった。



 店の外から中の様子をうかがうと、レイレンは適当な包みを取って会計へと持っていき、丁寧にラッピングをする店員の仕草を眺めている。



「……何してんの?」



 他の観光客に混ざって店を出てきたレイレンに、外で待機していた三人は不可解そうな目を向けた。



「そんな呆れた顔しないでよー。これが欲しかったのさ。」



 訊ねた実にレイレンが差し出したのは、包装紙に添えられた一輪の造花だ。



「これが……何?」



 これが欲しかったのだと言われても、何が何やらさっぱりだ。

 顔をしかめる実に対し、レイレンは含み笑いを返すだけ。



「今日はルコラスの八、か。さあて、向かいましょうか。」



 一人で納得し、レイレンはまた迷いなく町の中を進み始める。

 仕方なく彼についていくことしばし―――



「……そろそろ、どこに向かうのか教えてくれてもいいんじゃないの?」



 観光客で賑わう大通りから脇道に入り、明らかに人通りが少なくなってきたところで、実は口を開いた。



 先ほど造花を見せたタイミングで何も語らなかったということは、あの場で事情を話すには人が多すぎたということ。



 レイレンの含み笑いを自分はそう解釈したので、今まで口をつぐんできたのだけど……



「僕のお友達の所だよ。」



 どうやら、自分の解釈は間違っていなかったらしい。

 すんなりと口を開いたレイレンに、実は内心でほっとする。



「あの人は定期的に、潜伏先も名前も変えちゃうからねー。確実に会うためには、あの人が客に対して使ってるメッセージを利用しないとだめなのさ。」



「それがさっきの花ってわけ?」

「そういうこと。」



 袋から取り出した造花をちらつかせ、レイレンは口の端を吊り上げる。



「サティスファには特産の花が五種類あるんだけど、その花の種類でどの方角にいるか、あるいは留守なのかを示し、葉の枚数で大体の居住区を示してるんだ。詳しい場所は、花のメッセージを辿った先に案内の人が控えてるから、その人に訊けばいいんだけど……僕くらいの仲になると、これを見ただけであの人がどこにいるかが分かるんだよね。」



「……なんか、めんどくさい。」



 実は眉を寄せる。

 知人に会うだけで、ここまでの労力を使うとは。



「うーん……もしかして……」



 その時、それまで沈黙を貫いていた尚希がうなりながら呟いた。


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