変態への新たな対処法
「おーい。二人とも、おっそーい。もうご飯来ちゃってるよー。」
レストランに入ると、とてつもなく明るい声が出迎えてきた。
視線を巡らせると、窓辺に面した広いテーブル席で立ちあがっている男性が、こちらに向かって大きく手を振っている。
朝一番に、面倒なものを見てしまった。
実はげんなりと肩を落とし、とりあえず拓也と二人でそちらへと向かう。
「えーっと、どなたですか?」
合流するなり、手を振っていた男性にそんな
「ちょ……その言葉、三日くらい前にも聞いたよ!?」
「あー、すみませんねー。嫌な奴の顔は、目を逸らした瞬間に忘れるタイプなんでー。」
「棒読み、棒読み! そんなに僕のことが嫌いかな!?」
「そういう言葉は、一度でも好かれる努力をしてから言え。」
「もう、実ってばー!!」
相変わらずうるさい奴だ。
彼にがたがたと肩を揺さぶられ、実は辟易として溜め息をついた。
何が楽しくて、毎日こいつと顔を合わせねばならないのだ。
そんなことを思って眉間を押さえる実が抵抗しないのをいいことに、彼は実の後ろから首に腕を回してご機嫌だ。
「レイレン、くっつくな。邪魔。気持ち悪い。迷惑。」
いちいち感情的になっても無駄なので、実は冷静な口調で告げて、レイレンの腕を自分の首から引き剥がすことにする。
だが、相手はあのレイレンだ。
何をしたところで、結局彼は機嫌を損ねないわけで……
「流れるような罵倒三連続……朝から僕を喜ばせてくれるなんて、サービス精神旺盛なんだから!」
「……拓也。」
「ん。」
「うぐっ!?」
実が拓也の名前を呼び終わるか否かというタイミングで、レイレンがくぐもった
そのまま脇腹を押さえてその場にくずおれていくレイレンに、実も拓也もただただ冷たい視線を送るだけだった。
「た、拓也君! それはだめって言ったでしょーっ!!」
「大丈夫、大丈夫。柄で突いただけだから。」
涙目で訴えるレイレンに対し、拓也は悪びれる様子もなく、バトンほどの大きさで召喚してあった槍をくるくると回している。
レイレンの抗議など、完全に聞き流す気だ。
「大丈夫じゃない! 結構痛いんだよ、それ!?」
「えー、何? 今度は反対側で突いてほしいって? やってもいいけど、止血はしないからな?」
さらりととんでもないことを告げる拓也の笑顔が、まあ爽やかできらめいていること。
レイレンは途端に顔を青くする。
「こ、殺す気だよ、この子ー!!」
「レイレン……拓也をここまで鬼畜にさせるなんて、ある意味天才だよね。」
「手綱を手放した実が言わないで!?」
「ほーら、お前ら。いい加減静かにして座れ。」
収集がつかなくなる前に放たれた、絶妙な一言。
一人椅子に座っていた尚希は、困ったように笑って他の椅子を指し示す。
「キース……僕の味方は、もうキースだけだよぉ。」
「はいはい、レイレンさんはスキンシップが過剰なんだよ。それと、別に味方についたわけじゃなくて、至って一般的な注意をしただけだから。」
隣の席に座って身を寄せてくるレイレンを、尚希はドライな反応で押し戻す。
「すみません、尚希さん。どうもこいつの顔を見ると、腹の虫が収まらなくて……」
「謝るな、実。別に、実は悪くないんだから。」
尚希の向かいに座りながら申し訳なさそうな顔をする実に、拓也がすかさずそう言う。
だが、やはり実の表情は晴れないままだ。
「いや…。尚希さんの手配で乗ってる船だし、あんまり騒いで迷惑をかけても……」
「ははは、大丈夫だよ。特に支障ないから。」
尚希は笑う。
「元々、もっと豪華な船を用意するって言われたのを、時間がないって理由で一般的な客船にさせたんだ。向こうとしては、オレをこんな地味な船に乗せたって負い目があるから、多少のやんちゃくらい流してもらえるさ。」
「それって、やっぱり多少は迷惑だと思われてるってことなんじゃ……」
「いやぁ? そんなことはないけどな。喧嘩するほど仲がいいって言うだろ? 流血沙汰になるわけじゃないし、微笑ましいもんだって。」
「その表現には、全力で異議を申し立てます。」
途端に顔をしかめる実。
心底嫌そうである。
「んー……じゃあ、遠慮なく本音を暴露すると…。実たちとレイレンさんのなだめ役をしてるおかげで、オレの印象がアップして美味しい思いをしてるから、気にする必要なし。」
尚希はどことなく機嫌がいい。
そういえば尚希はこの船に乗ってから、自分たちと食事をする時間以外は、常に船内の客や従業員と話し込んでいる。
自分たちをなだめる様子からおおらかで話しやすい印象を周囲に与え、それを情報収集に役立てているといったところだろうか。
実は虚空を見やって
「そういうことなら、まあ……まだ納得もいく、かな?」
「実…」
「だからといって、お前の行為を甘んじて流すとは言ってないからな? その手を今すぐ下ろせ。」
やにわに胸ポケットへと手を伸ばそうとしたレイレンに、すかさず釘を刺す。
まったく、油断も隙もあったもんじゃない。
あそこで止めなければ、臨時の撮影会が始まってしまうところだった。
「むー、実のケチー。」
胸ポケットから携帯電話を出すことに失敗したレイレンは、不満げに唇を尖らせる。
「何さ、キースたちには素直になったくせに、僕にはツンデレ継続中なのー?」
「尚希さんと拓也は、お前みたいな変態的行動はしないし。」
「……それだけ?」
「それだけって、どういう意味―――」
ついいつもの流れで強がりを言いかけたことに気付き、実はハッと口をつぐんだ。
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