第1章 西の孤島

揺らぐその姿

 窓の向こうから、鳥の鳴き声が聞こえる。

 少し気が向いたので窓を開けて外を見てみると、数羽の白い鳥が近くを飛び回っていた。



(確か、夜食のパンが残ってたっけ……)



 ぼんやりそんなことを思い、机の上に手つかずで放置してあったパンの包みを取る。

 小さくちぎったパンを置いた手を窓の外へと差し出せば、餌の存在を察知したらしい鳥たちが、あっという間にこちらへと近寄ってきた。



「そんなにがっつかなくても、まだあるって。」



 我先にと群がってくる鳥たちに苦笑したが、そんなことが彼らに分かるはずもなく、手の中はすぐに空になってしまった。



 仕方ないので残りのパンを取ろうと室内に手を引っ込めると、鳥たちは窓から室内に入ってきて、頭やら肩やらに止まってくる。



「しょうがないなぁ……ほら。」



 ちぎったパンを机の上にばらまくと、鳥たちはまたそこをめがけて飛んでいく。



「それを食べたら出ていきなよ? 勝手に部屋に入れたってばれたら、怒られちゃうから。」



 そう語りかけながら、一番近くにいた鳥の背をそっとなでてやる。



 不思議と言葉は通じていたのか、彼らはパンを全て平らげると、自分の周囲を何周かして窓の外へと飛び立っていった。



 きっと、彼らなりに礼を言ったつもりだったのだろう。



 青い空の向こうへと消えていく彼らを見送りながら、朝一番にいい光景を見られたことに、胸がほっこりと温かくなったような気がした。



 思い切り深呼吸をすると、吸い込んだ空気の中に含まれた潮の香りが鼻へと抜けていく。



 大きく伸びをして肩をほぐし、窓辺で組んだ腕に顔をうずめた実は目を伏せた。



 尚希の伝手つてで船を手配し、ニューヴェルの港を出発してからかれこれ二週間。

 目的地であるサティスファには、もうすぐで到着するという。



『大陸の最西端に、サティスファって島があるんだ。そこに向かう船に、何度かエリオスらしき人の目撃情報がある。』



 そう言われた時は、肩透かしを食らうかもしれないと言ったレイレンに、可能性がいちパーセントでもあるなら行くんだと偉そうなことを豪語したけど。



「どうせ……父さんには、会えないんだろうな。」



 冷静になってみれば、そうとしか思えない。



 こんな簡単に目撃情報が手に入るなら、とっくのとうに国に捕まっていただろう。

 レイレンが言ったとおり、あの父に限ってそんなミスを犯すはずがない。



 ここでこんな情報が入ってきたということは、それは父がそうなるように仕組んだから。

 きっと必要最低限の人間だけを介し、自分の元に情報が届くようにしたのだろう。



 ということは、父はレイレンが自分にコンタクトを取ることを知っていた。

 そしておそらくは、地球の空気がおかしくなっていることも、地の精霊に自分が取り込まれかける未来も予見していたはずだ。



 下手すれば、自分はあの時に自我を手放していたかもしれない。

 それなのに、父は自らが介入するのではなく、レイレンに事の結末を委ねた。



 そのことが、落ち着いて過去を振り返るほどに、鋭利なやいばとなって胸をえぐった。



 考えすぎだと言われればそれまで。

 でも、これまでの経験を経て得られたものは、一概によかったものばかりではない。



 むしろ、最近は―――



「父さん……俺は、父さんを信じていいの? もう、よく分かんないよ……」



 いつも優しく微笑んでいたあの面影を必死に追いかけるけど、果たしてそれがいい判断なのか。



 今自分が持っている疑念が正しいのだとしたら、これから足を踏み入れるサティスファでも、一筋縄ではいかない何かが待っているのだろう。



 もしそうなら、自分は……



 滅入る気分に負けて目を閉じれば、自分の奥底で何かがむずがゆく震える感覚がする。



「あー、やめやめ!」



 実は勢いよく顔を上げ、両頬を強めに張った。



 考えてもらちが明かないのだから、とにかく今は行動あるのみだ。



 希望は自ら取りにいくと宣言したのは自分。

 ならば、今は罠かもしれない情報にでもすがって、突き進むしかない。

 がむしゃらに進んでいれば、次の道が何かしら見えてくるだろう。



 自分に強く言い聞かせ、実はくるりときびすを返した。


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