第6話
テオドールはその日、小隊で任務につくことになっていた。三十代後半から四十代くらいの少尉〔下級小隊指揮官、SS少尉〕と、彼よりうんと若い、ユーゲントのSS二等兵たちで。テオドールの階級は、軍曹ということになっていた。
少尉以外はけば立った灰色の制服に、モーゼル・ライフルかシュマイザーをかかえていた。ユーゲントで訓練を受けたものの、テオドールはまだ、おどかし以外に撃ったことはなかった。
密告があったのだ。近所の一家が、ユダヤ人をかくまっている。
彼らはそのあぶり出しのために呼び出された。最近は、通報があっても、肩すかしを食わされることがたびたびあった。少尉はそのたびに、大いに憤慨した。
「別に、いいじゃないですか。やつらがいなくなってしまうんなら、どこへ行こうと同じことですよ」
テオドールにとっても、そんなことがそれほど重大な意味をもつとは考えられなかった。すでにユダヤ人の大半は強制収容所に送られているのだから。残っているやつらだって……残っているやつらなんて、いるんだろうか?
ここ数週間ほどアルフレートに会っていない。そっちのほうがよほどの関心事だった。仕事がいそがしいのだろうか?
一隊が行進していった先は、街の東にある小さな広場だった。むかいにある印刷所が、通報を受けた目的の場所だった。
石畳の広場に、ハーフトラックのブレーキの音が耳障りに響いた。
小さいが、美しい飾り文字の看板を掲げたそこは、ひっそりとしていた。表のカーテンはひいてある。
「また、だれもいないんじゃないですか?」
「さあな、わからないよ」
「ぶつぶつ言うんじゃない、行け!」
乱暴にドアを叩くと、木枠にはめられたガラスがものすごい音を立てた。鍵はかかっていない。
なかには、おどろいた顔の店主がひとりだけだった。製図用の机に手をついて、突然の乱入者に目を見開いている。
「ハインツ・ヴィーゼンタールだな?」テオドールは言った。「SDだ。おまえの家にユダヤ人がいるという通報があった。調べさせてもらうが、かまわないだろうな?」
「ええ、そのとおりですが。……ええと――
「ですが、なにかのまちがいでしょう。私どもは、疑われるようなことはなにもしておりません……」
「それはこれから調べさせてもらえばわかることだ。おい!」
床といわず、壁の調度といわず、彼らは開けられるもの、動かせるもののほとんどすべてをためしにかかった。地下室に通じる扉は真っ先にはねのけられたが、そこにはインクやロール紙が棚につんであるだけだった。
そのとき、表にいた少尉の呼ぶ声がして、テオドールは出ていった。
「店のなかをめちゃくちゃにしないでくれ!」ヴィーゼンタール氏が、いささか青ざめた顔で叫んだ。
彼らはおかまいなしだった。なにも出てこないので、内心ではあせっていたが。
「アルフレート、アルフレート!」彼は息子を呼んだ。
「なんです?」
奥の暗室からアルフレートが姿をみせた。予想以上の騒ぎになっていて、彼は眉をしかめた。
「親衛隊のみなさんが、言うことをきいてくれないのでね。おまえ、頼むよ」
一階奥の住居ヘの立ち入りは、アルフレートと氏が頑としてゆずらないので、彼らはしぶしぶ、アルフレートの立ちあいのもと、各部屋をまわった。色あせた絨毯に、使い古された
「この家に、ふたりだけか?」
「みな出払っているのでね」氏が言った。
「従業員もか?」
「うちには、そんな人数をやとう余裕はありませんよ。一家総出でやっているんですよ。甥っ子たちは配達にね」
しかし、ひとりが、カーテンに隠された階段を見つけた。勾配は急だ。
二階へ行く階段はもうひとつあったが、そちらはゆるやかだった。それに、別に隠されてはいなかった。
問題の階段は、作業場と住居につながる台所のかげにあった。
兵士がのぼっていった。人ひとり通るのがやっとの狭さ。
そこで彼は、息をひそめて身をよせあっていた一群を見つけた。
兵士はびっくりし、次には大声で仲間に知らせた。
「さあ、出るんだ!」
もう、ヴィーゼンタール親子にはどうすることもできなかった。二階にいた人々がおりてくるのを、そして、親衛隊員が勝ち誇った顔であごをしゃくるのを見ているしかなかった。
階段の上には小さな隠し部屋があり、そこは五人も座るといっぱいだった。そこから老婆と、中年の女性と男性がひとりずつ出てきた。
ハンナ・ヴィーゼンタール夫人も二階からおりてきた。うしろにいる親衛隊員が銃をつきつけているので、頭の上にあげた彼女の手はふるえていた。
彼女は息子に、哀しみのこもった視線を投げかけた。しかしすぐに目をそらす。
ヴィーゼンタール氏とアルフレートも外へ出た。脇には親衛隊員が銃を構えていた。
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