第5話

 テオドールに告げたとおり、アルフレートは可能なかぎり、二週間ごとに、ひまをみては彼に会いにいった。

 会えばいきおい、肉体からだを求めあうことになるとわかっていても。

 場所はどこでもよかった。ベッドが、ときには毛布さえあれば。

 爆弾がひゅうひゅううなりをあげて落ちてくるのを横目で見ながら、彼らは何度も愛しあった。

 灯火管制で真っ暗になった家のなかで、カーテンを開けて、窓ガラスがオレンジ色に染まっているのを見るのは、ある意味美しくすらあった。青年の黒髪と濃い青色の瞳は、夜の空と同じ色をしていた。

「いいよ、ああ、アルフレート、とてもいい……。こうしているうちに死ねるんなら、命なんか惜しくない……」

 アルフレートは返事をしなかった。答えられる状態ではなかったからだ。若さにまかせて突きあげられて、息をするのもたえだえだった。

「ごめん、つらかったか?」

 気遣わしげに眉根を寄せてきいてくるのを、ゆっくりと首を横にふる。

 重い腰をかかえて身づくろいをしていると、

「ぼくがなにか気にさわることでもした?」

「なぜ?」

「その……、いつも、きみは、なにも言わないだろ? あの最中だってさ。だから、くなかったのかと思って――」

 その言葉につい吹き出してしまうと、年下の青年は顔を赤くした。

 くなかったか、だって? そんなことはない。彼だってちゃんと達したのだから。

「そんな、いつまでも笑ってることないじゃないか」

「いや、すまない、テオドール、だいじょうぶ、きみは上手うまいよ。――女とやったことは?」

 彼にしてはめずらしく下卑た言葉をつかったアルフレートに、テオドールはちょっと相好をくずした。

「ある……よ、まあね、男とも、別に、アルフレート、きみがはじめてってわけじゃないんだが……」

「うん?」

「だけど、きみは……すごくきれいだ」

 思いがけないせりふにびっくりして、アルフレートはシャツを着る手をとめた。

 ベッドに寝そべっているテオドールからは、立っている彼のうしろ姿がよく見える。

 肩も、腕の筋肉もうすいし、中性的な腰の線。尻は小さくてよく締まっているが、特にきれいだと言われたことはない。

「ね、前をむいてくれないかな。明るいところでもっとよく見たい」

いやだナイン

 ベッドのなかでも、彼は、に触られるのをいやがった。テオドールが口でしてやろうとしても断わった。それに、明るいところではぜったいに服を脱ごうとしなかった。

「きみは変わった男だな。ぼくの裸なんか見てもおもしろくないだろう?」

「そんなことはないさ……。きみのうちはカトリック?」

「いや、違うが」

「ぼくと寝るのがいやなんじゃないか?」

「……いやなら、くるわけないだろう」

「そうだね……」

 テオドールはにっこりした。

「泊まっていかないのか?」

「ぼくが帰らないと、みんなが心配する」

「みんなって、だれ?」

「父さん母さん、おじいさんにおばあさん、いとこ、甥、姪」

「大家族だな」

 アルフレートはかすかに微笑む。すでに着替えはすんでいた。

「笑うと、ほんとにきれいだ」

「おやすみ」

「アルフレート……」

「『キスしてキュス・ミッヒ』?」

 彼はテオドールのうわくちびるに、軽くキスをした。


 あるときSSの青年は、配給があまったからと、ベーコンをひと包みくれたことがあった。それは純粋に、下心のある好意からだった。寡黙で繊細な恋人をつなぎとめておこうという想い。

 アルフレートは受け取った。その夜はじめて、彼はテオドールの下で、快楽の声をあげた。

 テオドールは、自分のやっている仕事のこともよく話した。そのうち――正式に召集されればいつでも――きちんとした兵役につくつもりでいること、今は国家保安本部SDのユダヤ人狩りの手伝いをしていること。

「きみは?」テオドールはたずねた。

「空軍にね。でも断わられた」

 タイを結びながら言いそえる。「胸が悪かったから」

「残念だね」

「……きみは、ドイツが、この戦争たたかいにほんとうに勝つと、信じているのか?」

「なぜそんなことを?」

テオドールの眉がいぶかしげにひそめられた。

「そりゃあ、今はこんな状況だけどね、総統マイン・フューラーが新兵器を造っているっていうし……ゲーリングマイヤーは信用できないけど。アルフレート……ぼくの前でそんなこと、言わないでよ」

「悪かったよ、ぼくはその――心配性なものだから」

 テオドールは裸のままベッドから起きあがると、もうすっかり服を着こんでしまった相手の、やわらかな金髪を撫で、キスをした。

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