第3話

「ひどいもんだね」

 消防団員がひっきりなしに走りまわっているのを見ながらテオドールが言った。

 爆弾は彼らを直撃しなかったが、数百メートルにわたって建物は崩壊し、くすぶり、なかにはまだ勢いよく炎をあげているところもあった。

 骨組みだけになった集合住宅。路上には、焼死、あるいは煙にまかれて窒息死した死体が、毛布をかけられて横たわっている。長さのたりない毛布から突き出たうす汚れた足は、ハイヒールをはいていた。

 救助作業のじゃまにならないように、ふたりは人ごみを避けて歩いた。

「イギリスもアメリカも、さっさと手を引けばいいのに。この戦争は、つまり、ユダヤ人と共産主義者ボルシェヴィキとの闘いなのさ。彼らが手を出してくる理由はないだろう、そう思わないか?」

「……そうだな」アルフレートは横を見ながら、生返事をした。焼け落ちたアパートの前で、すすで汚れたパジャマを着た少女が声をあげて泣いている。なだめる母親の姿はない。

 からだが重い。

「こういう話はつまらない?」

「いいや」

「ぼくがこんな時間にこんなかっこうをしているのもね、ついさっきまで、本部に呼ばれていったからなんだ。近々また狩り出しがあるっていうからさ」

「狩り出し?」

「ユダヤ人や、反社会分子のさ。聞いたところによると、まだそこらへんにひそんでいるっていうからね。こっちがいくら苦労しても、やつら、蛆虫みたいにどこからともなくわいてくる。それも、肥え太って――ってね、これは少尉の言葉だけど、まったく、馬鹿げた話だよ」

「ふうん……。それはいつ?」

 ちょっと考えてから、アルフレートはきいてみた。

「たぶん、今週末じゃないかな。やつらも油断してるんだろうってね。こっちが平日しか働かないと思ったら、大間違いだ」

「週末、か。それは大仕事だな。きみは休みなしか」

「ああ、そうだな。もうくたくただよ」

 ここでいいとアルフレートが言ったので、彼らは二ブロック歩いたさきの十字路で別れた。

「次に逢いたいときはどうすればいい?」テオドールはきいた。「きみのうちに電話しちゃだめかな?」

「電話はしないでくれ。逢いたくなったら、ぼくから出向くよ。まだご両親は帰ってきていないんだろ?」

「アルフレート、だけど、ぼくが逢いたくなったら? きみのうちに行ってもいいかい?」

「うちにくるのだけはやめてくれ」

「どうして」

「そのかっこうでこられると、小さな姪が泣く」

 言ってからアルフレートは、しまった、と思った。相手が傷ついた表情かおをしていたからだ。

「わかった、行かないよ。……じゃあどうすればいい?」

「ぼくの仕事は土曜日と日曜日が休みになるから、土曜日には逢えるよ。他にもいろいろ用事があるから、逢えるのは隔週だけどね。それから……ぼくは週に何度か得意先に届けものをするから、きみのうちの前か、ここを通る。たいていは夕方にね。そのときに逢えたら」

「ああ、いいよ」

「土曜日に逢うなら、ここをもどったところに公園があっただろう? あそこで、たぶん、四時には逢えると思う」

「わかった。ありがとう。おやすみグーテ・ナハト」テオドールは言った。

「おやすみ」

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