第38話 魔獣少女、殴り合いに決着

「わたくしが、二番手?」


 あきらかに、イヴキ様が不快感を見せた。


「はい。わたしの家族を天秤にかけた段階で、あなたは策に溺れた」


 おそらく、わたしの本気を出させるには、これしかないと思ったのだろう。


 そこまでしなくても、いくらでも相手になるのに。


「あなたは、魔獣少女では二番目ですね」

「実際に二番手かどうかは、来栖クルス 仁絵ヒトエさん、あなたがお決めになって!」


 イヴキ様が、全力で襲いかかってくる。


 ここが、勝負どころだ。おそらくお互いに限界を迎えている。


 やはり、魔獣少女の力を使わない戦闘は無理があった。


 両者ともボロボロで、一瞬の油断もできない極限状態である。

 集中力が続かない。


 みぞおちにボディブローを、浴びせてくる。急所を狙う一撃だ。


 わたしは、あえて食らった。かわさない。


「な……」


 避けると思ったのだろう。


 そんな余裕などあるものか。こちらもギリギリの戦いをしていた。


 痛みが全身を駆け巡る。意識が吹っ飛びそうになった。


 だが、落ちてやらない。彼女を目覚めさせるまで、負けるわけにはいかないのだ。


「でやあ!」


 身体を無理やりねじって、パンチを止める。


 筋肉で攻撃を止められ、イヴキ様が困惑していた。


「ぬん!」


 カウンターで肘打ちを決める。心臓へ。


 寸勁、いわゆるワンインチ・パンチとも呼ばれる技だ。ゼロ距離から放つ技と言ったら、これしか思いつかない。やれるかどうかわからなかったが。


 ビクン、と、イヴキ様の身体がわずかに跳ねた。そのまま、白目をむいて倒れ込む。


 わたしも、同じように床へ身体を沈めた。


 一分も経っていないだろう。わたしたちは目覚める。


 体の傷も、元通り。


「う、ん。わたくしたちは、どれくらい眠っていましたか?」


 イヴキ様が、身体を起こす。


「数秒です。すぐに魔獣が、起こしてくれたようですね」

「そうですか。鮮やかに負けました。さすがですわ、ヒトエさん」


 イヴキ様が、わたしを下の名で呼んだ。


「いい勝負でした、イヴキさん」


 わたしも、様付けをやめる。これからは、対等に接したい。


「起きられますかしら?」


 イヴキさんが、わたしに手を差し伸べてきた。


「ありがとうございます」

 

 手を借りて、わたしは立ち上がる。


 よく見ると、お互いが魔獣少女の姿になっていた。二体の魔獣が、主人の肉体に宿ったのだろう。


「ありがとうございます、先輩」

『バカ野郎。お前に死なれたら、敵討ちができないからだ』


 わたしたちが話していると、『敵討ち?』と、サマエルが話に入ってきた。


「ああ、話していなかったですね。わたしは、バロール先輩のお友だちを殺した相手を探しているのです」

『ヘカトンケイルの、ですか?』


 サマエルは、【九尾の狐ヘカトンケイル】のことを知っているようだ。


『あの魔獣は、もう二度と魔獣少女の戦いができないように願う予定だったそうです。けれど、何者かがそれを許さなかった。その人物によって、彼女は殺されたのではないかと言われています』

「誰なんですか?」

『そこまでは。ですが、かなり上位の存在であることは確かです。並の敵ではないでしょう。ならば、相手は絞られるはず』

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