第37話 魔獣少女と真剣勝負

 不意打ちに近い攻撃だった。

 それでも、イヴキ様は防御している。


「見事な一撃ですわ、来栖クルスさん」


 さすがイヴキ様、一筋縄ではいかない。修羅場は何度も、くぐりぬけているか。


「あなたが一本拳を見舞っていれば、勝負はついていたかも知れません」

「いえ。わたしの指のほうが、折られていたでしょう」


 イヴキ様と違って、わたしは実戦が足りていない。ケンカ殺法で挑むのは、ツメが甘かったか。でも、これでいい。こちらも甘さは抜けた。


「真剣勝負なら、こちらも本気で参ります」


 イヴキ様が攻撃を仕掛けてきた。空手の授業のときより、動きが荒っぽい。


 ケンカにはケンカか。型や礼節などを溝に捨てた、野生の獣じみた動作である。これが、本来のイヴキ様なのだろう。


 だからこそ、わたしも本気で動く。


 両者とも、胸に打撃を受けた。大きく、間合いが開く。


 顔面への攻撃は、上腕で受け止められる。

 ハイキックも内ももを狙ったローも、通用する場面ではなかった。

 お稽古で出てくるような技なんて、繰り出さない。


 空手の授業で出てくるきれいな打撃や、ポイントを稼ぐための技は、お呼びではなかった。


 必要とあらば、手足の爪すら凶器となりうる。


 棒なんてあったら、即座に手に取ってしまうだろう。


 しかし、今は肉と肉のぶつかり合いである。


 プロレス用語で言うセメント、真剣勝負、ガチのケンカマッチだ。


『ヒトエ、大丈夫なのか?』

「平気です。先輩は黙っていてください」

『おう。オレサマは、見守るだけにしておくぜ』


 わたしの圧に気圧されてか、バロール先輩さえ黙り込む。


『イヴキ、あなたはこれでいいのですか? 魔獣少女の力を使わないことに、こだわり過ぎでは?』

「あなたは口を挟まないでくださいまし。サマエル」


 向こうも、同じ状況だ。力を与える魔獣より、術士のほうが立場が強い。


 お互いの魔獣少女としての力を削り合う、デスゲームのはずなのに。


「これは、プライドの問題なのです。魔獣少女の力を借りるのは、筋違いというもの」

『まさか、魔獣少女の力も借りず、警察署を襲撃なさるおつもりですか!?』

「だとしたら、どうだというのですの?」


 マジか。いくらイヴキ様でも、クレイジーすぎる。殺されに行く気か? 

 そこまでの覚悟でイヴキ様は、亡き祖父の仇を討とうとしている。


 こんなすさまじいまでの怨念を、わたしは持ち合わせているだろうか。


 それでも……。 


「強いですね。おそらく、魔獣少女でも最強でしょう」

「わかりませんわ。ですが、強いという自覚はたしかにありますわ」


 手刀による突きを、イヴキ様が打ち込んできた。


 相手の拳に合わせて、投げを食らわせる。


 イヴキ様は空中で一回転をして、反撃の足刀蹴りを浴びせてきた。


「でも、あなたは二番手です」


 こちらもカウンターのキックで、撃ち落とす。

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