第36話 魔獣少女と、手合わせ

『ヒトエ! お前、大丈夫なのか? あんな約束なんてして!』


 帰宅後、わたしはバロール先輩から叱責を受けた。


「勝てるかどうかなんて、わかんないよ」

『マジで言ってんのか? 勝てなかったら、アイツの思うツボだぜ』


 わかっている。


 イヴキ様は自由を手に入れて、警察署を襲うだろう。自分の家族に手をかけた殺人犯に引導を渡すに違いない。魔獣少女の力を使って。


 絶対に、そんな事態は避けなければ。


 こちらも捨て身でかからねば、わたしの意思は相手に伝わらない。


 ベッドに寝転びながら、わたしはなかなか寝付けなかった。決して、足の痛みだけではない。




 一週間後、決戦の当日を迎える。


 本当は護身術の道場で、と思ったのだが、イヴキ様がお家まで招待してくれた。


 赤いリムジンに乗って、家まで入れてもらう。


「うわあ、すごい!」


 窓の向こうを眺めながら、ユキちゃんが子どものようにはしゃぐ。


「こちらがお庭よ。それだけで、野球場くらい大きいのよ」

「とんでもねえな」


 臨也イザヤさんの解説に、マナさんが舌を巻く。


「お嬢様は、奥の間にいらっしゃいます。こちらへ」

「ありがとう、お姉ちゃん」


 ユキちゃんが、亜希アキさんの後ろについていった。


「いつもありがとう、お姉ちゃん。私のために治療費まで出してくれて」

「治療費?」

「私ね、身体が弱かったの。中学卒業まで行きられないだろうって言われていて」


 そんなに、ユキちゃんって病弱だったのか。今の姿からは、考えられない。


「私を治すために、お姉ちゃんはイヴキ様の元で働くようになったんだよ。病気が治った後も、借金を返すために働いているの」

「大変だな」


 ユキちゃんとマナさんが、心配げな目を見せる。


「あなたは、なにも気にしなくていいのです。私は、あなたを治したかったから行動を起こしただけ」

「でもありがとう。恩返しするから」

「生きているだけで、恩返ししてもらっていますよ」

 



 ユキちゃんたちは、別室で遊んでもらう。

 




 わたしは、地下にある道場へ招かれた。


「ようこそ、来栖クルスさん」


 道場の中央で、赤い道着を着たイヴキ様が座ったまま礼をする。


 わたしも、お辞儀をした。


「同義はお貸しします。手持ちでよければ、それで」

「いりません。この格好で戦います」


 わたしは、TシャツとGパンだけで挑む。

 靴下だけ脱がせてもらった。


「動きづらくありませんこと?」

「古武術は、実践形式のケンカ殺法。いつどこでも戦うのがモットーです」



 もっといえば、「道着など甘え」なのだ。

 実戦では、道着を着たり準備運動などをしたりなんて余裕もなし。



 しかし、言わないでおく。


「護身術とは違った、覚悟をお持ちなのですね?」

「はい」

「いつ始めま――」



 声をかけられる前に、わたしはイヴキ様に右フックを食らわせた。



「もう始まっています」



 さっきも言ったはず。これは実戦だと。

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