第35話 魔獣少女と復讐

「お見苦しいところを、お見せしました」

「いいえ」


 わたしがハンカチを差し出すと、イヴキ様は首を振る。自前のタオルで、目を拭った。


「まったく。わたくしとしたことが。あれだけ準備をしてきたのに。怯えて動けないなんて」

「イヴキ様、そんなに自分を責めないでください」

「いいえ。わたくしは愚かですわ! 情けなくて、みっともなくて!」


 声を震わせ、イヴキ様は辛さをこらえている。


「その上、わたくしはあなたに恥知らずなお願いを、いたそうとしています」


 わたしは、身体をこわばらせた。


 いくらわたしが護身術を会得していると行っても、素人同然だ。

 訓練されたイヴキ様のシラットに、まともに勝てるわけがない。


「ご心配なく。今すぐに結論を出せ、とは言いませんわ」

「結論?」

「お願いです、来栖クルスさん。あの犯人を引き渡していただけませんこと?」

「襲撃犯を、ですか?」

「はい。奴を殺すためだけに、わたくしは技を磨いてまいりました。ヤツの息の根さえ止めることさえできれば、わたくしは潔く、どこへなりと行きますわ」


 イヴキ様が、手を交差させる。それは、お縄につくというジェスチャーで。


「待ってください、イヴキ様! あの犯人は法律に任せればいいじゃないですか! どうして、イヴキ様が手を汚さなければならないのです?」


 もう、ヤツの犯行をもみ消せる組織などいない。イヴキ様の気性ならば、それくらいしているはずだ。


「直接手を下さねば、意味がないのです!」

「どんな意味だというのです!? 無意味ですよ! ただのエゴです!」

「あなたの優しさこそエゴですわ!」


 わたしは、言葉を失った。


「来栖さん、あなたまさか、『復讐は、何も生み出さない』とでもおっしゃりたくて?」

「それは」

「古い考えですわ。無礼なお願いをしたことは、お詫びいたします。ですが、正当な解答をいただきたいのです」

「ムチャです」

「では、勝負してくださいまし。傷が癒えたら、わたくしと」


 勝負に勝ったら、犯人を襲撃するという。


「そんな。どれだけの犠牲が出るか」

「わたくしは、本気です。なので、あなたにも本気を出していただきたいのですわ」

「嫌だと言ったら?」

「今すぐ襲撃に向かいます」


 だったら、受けて立つしかない。


「全治一週間です。それまで、待っていてください」


 わたしは、松葉杖を捨てた。


「……もう立てますのね?」

「すぐに感覚を取り戻したいので。といっても、ただのヤセガマンですけどね」


 心配させまいと、わたしはおどけてみせる。


「受けてくださって、ありがとうございます。当日は」

「お互い、魔獣少女の加護なしでいいですよ」


 イヴキ様の筋肉に、緊張が走ったことがわかった。


「本気ですの?」

「それがお望みでしょ?」

 

 イヴキ様が、ニッと笑う。


「大好きですわ、来栖さん」


 一礼をして、イヴキ様が帰っていく。

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