第20話 魔獣少女と、食レポお嬢様

「はーいみなさまー。加瀬カセ イヴキの『B級グルメのお嬢様』のお時間ですわ!」


 イヴキ様が、使用人さんのカメラに笑顔を見せている。


 市民プールで遊ぶ日がやってきた。


 期末試験休みなので、朝からみんな集まっている。


 といっても、わたしは午前中は、お母さんのお手伝いなのだが。


「今日は、クラスメイトと一緒に市民プールに来ていますわ。ごらんください。みなさん思い思いに泳いでいらっしゃいます」


 わたしたちに、カメラが向けられる。


「うわっと」


 マナさんが、顔を隠す。


「ちょっとイヴキ様、さすがに顔は」


 臨也イザヤさんが、マナさんの顔を手で覆った。


「ご心配なく。お顔を隠さなくても、こちらで処理は致します。生配信はしない主義ですので」


 一応事故が起きないように、イヴキ様以外はモザイクをかけるか、顔自体を映さない。


 また、イヴキ様自身も特に目立とうとしなかった。「主役はあくまでも料理」というスタンスなのである。いつものストイックなイヴキ様らしい。


 プールに来ているのは、わたしと母、ユキちゃん、マナさん、イヴキ様、で、なんと臨也さんである。


「それにしても、加瀬がラッシュガードとはねぇ」


 マナさんが、不思議がっているのも無理はない。


 イヴキ様のことだから、てっきり誰もが大胆な水着姿を披露するかと思っていた。


 しかし、実態はラッシュガードにパレオという完全防備である。庶民に見せる肌などないという心構えすら感じた。


「じゃあ、あたしたちは見学してるから」

「遊んでらしても、よろしくてよ」

「いや。タコスが食いたい。さっきからうまそうで」


 実はマナさん、朝食を食べていないんだとか。


 現在は、朝の九時だ。一番お腹が空く時間帯である。


「まあ。いいですわ。サクラ扱いになりますが、よろしくて?」

「構わん」

「では、撮影を再開いたしますわ」


 再び、カメラが回り始めた。


「さっそくタコスが焼き上がっておりますわ。店主さん、このタコスのコンセプトはなんですの?」

「ズバリ、ヘルシーです!」


 お母さん、ノリノリで取材に応じてるよ。母は上下ともラッシュガードだ。下は競泳水着らしい。「おしゃれする歳でもないから」と、露出は避けている。


「実は生地に、小麦粉を使っていません!」

「ほほう、グルテンフリーなのですわね?」

「生地には、コーンミールとお豆腐を使っているの!」


 泳いだ後に疲れた身体だと、物足りないって感じちゃうかも。だけど、カロリーを気にせずガッツリ食べたいって人にはおススメよ。


 二人がやりとりをしている間に、臨也さんへ声をかける。


「来てくれてありがとう、臨也さん」


 わたしたちがプールへ行くというと、臨也さんが「マナの付き添いがしたい」と言い出したのだ。


「誘ってくれって行ったら、普通に呼んだじゃん」

「あなたの素行不良を、見張っていなきゃいけないだけよ! そのわがままボディも守らなきゃ!」


 臨也さんの水着は、紺に水玉ワンピースだ。彼女の水着だけは、レンタルである。フリルスカートが付いていて露出が少なく、子どもっぽい。でも、似合ってしまうのが臨也さんだ。


「かわいいですよ、臨也さん」

「あ、ありがとう」


 スカートを押さえつつ、臨也さんが頬を染める。


「マナさん、臨也さんの調子はどうですか?」

「なんともねえ。それどころか、記憶もなくしてやがった」


 魔獣少女としての活動は、「夢を見ていた感じ」でしか、覚えていなかったという。あまりにもセクシーすぎる夢だったので、言葉にはしたくないとはぐらかされたが。


「私のことより来栖くるすさん、イヴキ様にボコボコにされて、なんともない?」


 臨也さんが、わたしを気遣う。


「そうだよ。大丈夫だった?」


 ユキちゃんも、わたしを心配した。


「平気だよ。ほら、このとおり」


 首をゴキゴキと鳴らして、無事をアピールする。


「どういうことでしょう? 先輩?」


 さりげなく、バロール先輩に尋ねてみた。


 周りには当然、先輩の姿は見えない。


『アイツは、リリスは電脳世界の住人だしな。深層心理に働きかけるから、認識自体されていなかったっぽい』


 臨也さん自身が、魔獣に取り憑かれていたことを否定したいのかもしれないが、とのこと。


『オレサマが倒した相手は、魔獣少女になることはねえ。関係性を断つからな』

「だといいのですが」


 わたしが虚空に向かってボソボソ話していると……。


「ダレと話しているんだ?」


 マナさんに話しかけられた。


「ふえ!? なんでもありませんよー」

「でも、なんか幽霊とかと話しているのかと」

「そんな。わたし霊感とかないので」


 わたしが弁解すると、ユキちゃんも話に乗ってきた。


「この辺に、霊はいないよ」


 ユキちゃんは、霊媒体質なのだ。魔獣の気配は感じ取れないらしい。


「変なのはいるみたいだけど、害はないみたい」

「そ、そっか。危なくないんならいいんだよ」


 さっきからマナさん、臨也さんの手をギュッと握っていた。心霊現象が、怖いのだろうか?


「おばけ怖い?」

「ひう!?」


 ダイレクトに、ユキちゃんがマナさんに聞く。


 わたしがスルーしようと思っていたのにっ。

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