第11話 閑話 赤いリムジンの通り魔

 加瀬カセイヴキは、自家用車で帰宅している途中だった。


 道のど真ん中に、一人の女子高生が立ち止まる。


「あら? 止めなさい」


 運転手はブレーキをかけた後、車から降りた。イヴキの方へ駆けていき、ドアを開ける。


「何事です? おや、あなたは」


 イヴキは車から降りて、少女の前に立つ。


「加瀬、イヴキ!」


 この少女は、前に半殺しにしたいじめっ子だ。身体中が、ズタズタになっている。


「あなた、魔獣少女になりまして?」


 魔獣少女は、負けるとボロボロになってしまう。この現象は、イヴキもよく知っていた。


「やっと見つけた。てめえぶっ殺す!」


 少女が、襲いかかろうとする。


「お待ちなさい」


 手を前に突き出しただけで、イヴキは少女を威圧した。


「サマエル!」


 治癒の魔物、サマエルを召喚する。翼を持った、赤いヘビを。


「フェニックス族の王、サマエル」


 少女も、イヴキが契約した魔物について詳しいようだ。


「この者を治療して差し上げて」

「かしこまりました。レディ・イヴ」


 サマエルが、翼を羽ばたかせた。光る燐粉が、少女の周りに舞う。


 少女の身体が、もとに戻っていった。


「後悔するぞ。このアタシを治すなんて!」


 少女が凄んでくる。


「誤解なさらないで。わたくしはあなたをかわいそうだと思ったから治療して差し上げたわけではありません」


 こんな羽虫程度の価値しかない女の暴言など、イヴキは意に介さない。


 第一、彼女らを回復させたのは、一度ではない。半殺しにした後も、彼女らをきれいに治療した。


 だが、理由は別にある。


「もう一度、壊してあげるためですわ」

「んだと!」


 少女が、ナイフを取り出す。天へ掲げて、魔獣少女へと変身した。


「テメエは治癒タイプだ。本来、戦闘向きじゃないはず! 勝機は――」

「ご心配なく。あなた程度に、魔獣少女の力を使う必要なんてございません」


 イヴキは、サマエルに手を出さぬよう命じる。


「なめてんのか? 魔獣少女に生身で挑むなんて!」

「魔獣少女の力など、お手軽すぎて味気がないですわ。まるでファーストフードみたい」


 カバンから指から先のない手袋を取り出し、イブキは片方ずつはめた。オープンフィンガーグローブを。


「手っ取り早く手に入れた力なんぞに、頼ろうとは思いません」


 グローブをはめ終えて、拳をガンガンと突き合う。


「これで勝負いたしましょう」

「バカが!」


 カラス型魔獣少女が、空から襲撃してきた。


 鋭いクチバシの攻撃を、肩に受ける。イヴキの制服が破れ、血が流れる。


「レディ・イヴ!」

「心配ご無用」


 ブラウスのリボンをほどき、肩に結ぶ。


 だが、敵の攻撃はやまない。


 クチバシや爪の攻撃を、イヴキは受け続ける。


 蹴りが顔に当たり、鼻血が吹き出す。


「生身で魔獣少女と戦うとか、お笑いもいいところだ!」


 憎い相手をいいように痛めつけることができて、魔獣少女はたいそううれしそうだ。


 イヴキは膝をつく。しかし、闘志は消えていない。


「ですが、動きは読めてきましたわ」

「なにをバ!?」


 少女の攻撃に合わせ、イヴキは翼を掴み投げ飛ばす。


 カラス型魔獣少女が、アスファルトに激突する。旋回で揚げ続けた速度と、イヴキのパワーが重なったのだ。無事では済むまい。


「くそ、今一度」


 再度飛ぼうとしたが、魔獣少女は羽ばたけなかった。翼が折れてしまったらしい。


「お返しですわ」


 動けなくなった魔獣少女に、イヴキは右フックを浴びせた。


「あらまあ。軽いジャブ程度のつもりでしたのに。口ほどにもないですわね」

「あ、が」


 変身も解け、少女はだらしなく横たわっている。


「なぜだ。治療タイプは戦闘なんて」


 起き上がろうとするが、少女は立てない。脳を揺らされたのか。再びナイフを持って変身を試みたが、ムダだった。


「そんなの、魔物たちが勝手に決めなさったルールです。わたくしは、わたくしのルールで戦ったまで」


 イヴキが、満身創痍の少女に歩み寄る。


「ひいい!」


 グローブをはめ直したイヴキの姿を前に、少女は後退りした。腰が抜けたのか、尻餅をつく。


「ああ、思い出させてしまいましたか」


 低く腰を構えて、イヴキは拳を振り上げた。


 腰を抜かしている状態の少女に、アッパーカットを見舞う。


 少女の首が、へし折れる音を聞いた。


 アスファルトに、少女は脳天から落ちていく。


「サマエル!」

「は、はい」


 イヴキを治療しようとして、サマエルがイヴキの方へと飛んできた。


「わたくしではありません。こちらを先に」

「は、はい」


 燐粉をまき、サマエルが少女を治療する。


「これでも、病院送りですよ。いくら私の能力で治しても、彼女たちの命を留める程度に過ぎません」


 骨折は治ったが、再起不能だろうとのこと。


「それでいいですわ。彼女たちも懲りたでしょうし」


 運転手に、医者を呼ぶように伝える。

 サマエルは最後に、イヴキを治療した。


「レディ・イヴ。あなた、こんな戦い方をしていては、いつか死にますよ」

「ええ、倒せるものなら倒しにいらっしゃい。もしそうなったら、わたくしは財閥を継ぐ器ではなかったまで」


 腫れたまぶたが戻り、鼻血も止まる。各部の切り傷やアザも消えた。

 だが、まだだ。まだ足りない。

 もっと、強い相手を。この乾きを癒してくれる存在はいないのか。

 

 イヴキは、彼女をここまで痛めつけた魔獣少女が気になった。


「何をしていますの? 早く運転なさい」


 イヴキが、運転手を急かす。


 彼女はもう、道に転がっている少女のことなど忘れていた。

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