第12話 気が気じゃないお弁当タイム

 どうしてうちの体育には、空手があるのか。小一時間問い詰めたい。


「あー。憂鬱だな」


 昼食の用意をしながら、わたしはひとりごつ。


『女子も自身の身を守れるカラダづくり』をと、学校が採用したのだ。まあ、試合なんてめったにやらず、型稽古にとどまっているが。

『仕方あるまい、ヒトエ。社会が決めたルールだ。あきらめるんだな』

「授業に出ないあなたに言われても」

『まあ、試合をするのはオレサマじゃねえしな』

「ほらあ」

『所詮、護身術だろ? お前さんならワケねえだろうが』


 たしかに、ヒトエの家は警察でさえ通う剣道場でもある。ヒトエも、剣術の心得が多少はあった。だから、バロールの剣技に順応できたといえる。


「弟ですら逃げ出すような、スパルタですよ? わたしが会得できるわけないでしょうが」


 わたしは、弁当箱を開けた。


「わあ。ヒトエちゃんのお弁当、今日もかわいいね」


 ユキちゃんが、わたしの弁当を見て目をきらめかせる。


 わたしの弁当は、母のお手製だ。栄養に気を使ったメニューである。


「キャラ弁でもないのに、かわいい」

「そうかな? 茶色いほうが、わたしは好きなんだけど」


 毎日サラダやかまぼこでは、精がつかない。魔獣少女をやっている関係上、もう少しボリュームが欲しかった。


「ぜいたくだよ、ヒトエちゃんは」


 そういって、ユキちゃんはコンビニのサンドイッチにかぶりつく。ユキちゃんは両親が共働きで、お弁当を作ってもらえないのだった。夫婦仲もうまくいっていないとか。


「ごめんユキちゃん」

「いいよ。そういうつもりで言ったわけじゃないから……ん?」


 わたしたちの間に、影がニュッと現れる。


 正体は、御堂みどう マナさんだった。


「こ、こんにちは御堂さん」

「マナでいい。それより来栖クルス、ここは空いているか?」


 わたしが言うより先に、ユキちゃんが「どうぞー」と声をかける。


 御堂……マナさんが、席を寄せてきた。


 どういう光景に移っているのだろう。おかっぱと三つ編みメガネの地味子コンビに囲まれるギャルって。パシられたと思われているのだろうか。


「わたしも、ヒトエとお呼びください」


 続いて、ユキちゃんも下の名前呼びを許可した。


「あたしの弁当、茶色くてな。カッコつかないんだ。誰かがいてくれると助かる」


 苦笑いを浮かべて、マナさんは自分の弁当箱を開く。


「ウチ、バイク屋でさ。忙しくて惣菜屋のメニューばっかりなんだよ。手抜きっての?」

「そんなことないない、マナちゃん。茶色くても愛情だから」

「ありがとうな。ユキ」

「えへへ」


 昼食代しかもらえていないユキちゃんが言うと、説得力がある。


「おトイレ行ってくるね」


 ユキちゃんが、席を外した。


 そのスキに、マナさんが声をかけてくる。


「ヒトエ、昨日の話なんだけど」

「お金ならいくらでもお渡ししますぅ。だから殺さないで」

「なんの話だ? 礼を言いたいだけだ。ちゃんと言えなかったから。ホントにありがとうな」


 マナさんが、頭を下げてきた。


 他の生徒が、何事かとざわつく。


 これはいかん。取り繕わないと。


「そこまで言うなら、トンカツで手を打ちましょう」

「そんなんでいいのか?」

「今のわたしを癒やしてくれるのは、体に悪いモノなのです」

「わかったよ。ほら」


 ホントに、マナさんはとんかつを一切れくれた。


「いただきます。はむう」


 ああ、脂が全身に染み渡る。これだよ。お昼なんてこんなんでいいんだよ。どうせ眠くなるんだから、目一杯腹いっぱい食べたいっ。体に悪かろうが、添加物をモリモリ摂取したいんだ。


「ウチの母、健康マニアでして」


 栄養のバランスを、母は特に気にする。


「だから、お菓子とか基本ダメで。だからユキちゃんと連れ立って、買い食いでストレスを発散しています」

「変わってんな、お前」


 マナさんが、リラックスした笑顔を見せた。


 こんな感じで、笑う人なんだ。


「なんのお話していたの?」


 かわいいハンカチで手を拭きながら、ユキちゃんが後ろから声をかけてきた。


「早く食べないと、体育始まっちゃうよ」

「そうだった」


 わたしは大急ぎで弁当を平らげる。直後、空手着に着替えた。


「今日は組手だって」


 おおう。わたしの相手は、イヴキ様ではないか!




 空手道場で、組手の試合が続く。


「なー。ありがとーございましたー」


 組手の授業、ラスト前の時間だ。


 ユキちゃんと臨也イザヤさんの試合が終わった。


「うひー。しんどいい」


 白の分厚いプロテクターを外したユキちゃんが、戻ってくる。汗びっしょりで、三つ編みも崩れていた。


 一方、風紀委員の臨也さんは、汗一つかいていない。呼吸も乱れず、姿勢も常時正しかった。格闘技経験者なのか?


「臨也さんって、なんかスポーツやっていたのかな?」

「しらなぁい。でも運動神経よかったね」


 ゼエゼエ言いながら、ユキちゃんはわたしの質問に答えた。


「ほら、次はヒトエちゃんの番だよ」


 ユキちゃんに背中をちょんと叩かれる。


 対戦相手の加瀬カセ イヴキ様は、すでにスタンバイしていた。黒帯を、これでもかと見せつけながら。あの人は、黒帯と言っても六段くらいの実力者だ。年齢的に取れないだけで。財閥令嬢って、強くないと務まらないのか?


「わかった。行ってくるね」


 正直、乗り気ではない。しかし、わたししかいないのだ。


「お待ちを」


 イヴキ様が、体育教師に意見をする。


「あぶれている御堂みどうさんとも、対戦がしたいですわ」


 二対一の勝負を、イヴキ様が提案してきた。

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