第5話 魔獣少女、帰宅

「ただいまあ」


 憔悴しきった状態で、わたしは帰ってきた。


 あんな体験をして、よく帰ってこられたなと、自分でも思う。


「おかえりヒトエ。ご飯もうすぐできるから、お風呂入っちゃいな」


 母が、ニンジンをぶつ切りにしていた。キッチンからの匂いからして、今日はカレーだろう。


「はあい。お父さんは?」

「また遅くなるって。公園で女の子が気絶してたらしくて。今、身元確認中」

「そ、そっか」

「どうしたの?」

「なんでもないよ。お風呂入ってくる」


 逃げるように、着替えを持ってお風呂場へ。とにかく、疲れを落としたい。でないと学校にまで、疲労感まみれの顔を持っていってしまう。


 スポーツブラとボクサーショーツを、洗濯機の中へ。オシャレな下着なんて、持っていない。わたしくらいの胸だと、かわいいものは高いのだ。男子の視線にさらされるのもイヤである。


「さっきのお話の続きも聞きたいです」

『おう』


 狭窄公バロールと名乗る魔物が、マスコットに顕現する。


『オレサマはバロール。サイクロプス族の一人で、日本だと【一つ目入道】とかいアヤカシと同一視されている』

「見た目はSD化した一つ目小僧、って感じですが」

『どっちも僧侶枠だからな』

「ていうか、こっちみないでくれますか? 目がスマホのカメラみたいなんで、気になっちゃって」


 なんというか、妖怪というより機械仕掛けのクリーチャーという印象なのだ。


『いいじゃんか。いちおう同性なんだから』

「よくないですよ」


 湯船から、わたしは湯を弾く。


『おっと』と、マスコット形態のバロールはひょいと湯を避けた。

『どちらかというと、サイクロプスってごついイメージがあるが、巨人族ってだけだ。オレサマは本来魔術師で、戦闘向きのタイプじゃないんだ。九尾の狐ヘカトンケイルがいてこそ、オレサマは真価を発揮する』


 だから、【僧侶枠】と言っていたのか。


「前衛でガンガンぶっちぎっていたじゃないですか。僧侶が刀を持っていいのですか?」

『これでもな、ムリをしてるんだ。動きのほとんどは、あいつの技を見よう見まねをしてるんだよ』


 ともに同じ師の元で鍛え合った仲だから、できることだという。しかし、戦闘の素質はヘカトンケイルが何枚も上手だったとか。


「では、なぜ今は戦うことに?」

『事情が変わったんだよ。ダチが殺されたんでな』


 バロールがマジメモードになった。


『ヘカトンケイルってヤロウは、前の大魔王候補決定戦で優勝者だった』


 となると、妙なことがある。魔獣少女は、人間の女性に取り憑いて、いわゆる【モンスター娘】状態で戦い合う。


「大魔王決定戦って、どんな戦いですか。あなたさっき、自分を魔王って紹介していたじゃないですか」

『それは、【サイクロプス族の王様】って意味だ。狭い意味での魔王ってわけ』


 つまり大魔王決定戦とは、すべての魔物の頂点を極める大会だというわけだ。


「となると、わたしの前任者がいるわけですよね? 前の戦闘では誰に乗り移っていたので?」

『オレサマは、魔王決定戦を辞退したんだ。ダチのヘカトンケイルのセコンドをしていたんだよ』


 あっさりと、バロールは返答した。


『あいつはオレサマに勝たないと意味がないって言っていた。が、オレサマは戦う気がなかった。魔界を収めたいって考えもなかったしな』


 殊勝な心がけだ。取り憑かれる少女たちの都合も考えないで、大魔王を決める大会をするなんて。


『いかにも魔界らしいだろ? そういうやり方も気に食わなかった。当人同士てやりゃあいいのによぉ』


 そこは、バロールと意見が一致する。


「ていうか心を読まないでくだ、さいっ」


 また手で大砲を作って、湯を飛ばす。


 再びバロールがよけた。


「姉ちゃんが入ってんのか」


 ドアの奥から、声が聞こえてくる。


「おお、おかえりー」


 二つ下の弟が、帰ってきたんだ。サッカー部の帰りだろうから、また泥だらけのはず。


 早く替わってやるか。


「すぐ出るから待ってて」

「ゆっくりしてなよ。それよりさ」

「なに?」

「誰と話してるの?」


 すうーっ。

 わたしは、声を潜めた。

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