第6話 魔獣少女と夢
「なんでもないよ。独り言。イマジナリーフレンド」
「ユキちゃんがいるのに?」
最近できた、一番の親友の名前だ。
「そうそう、ユキちゃんができて、嫉妬してるっぽい」
「へえ。まあゆっくりしてなよ。アイス食ってるから」
「ほどほどに。晩ごはん食べられなくなるから」
「おーう」と、わかってんのかわかってないのか返事がきた。
風呂から上がって、着替える。
自室のベッドで髪を乾かしながら、わたしは質問を続けた。
もちろん母は、わたしに何かが乗り移ったなんて知らない。
「なんでJKに乗り移るんです?」
『女で限定される。「宿主をコントロールして、世界に被害を及ぼすことなく目的を達成できるヤツ」というのが、大魔王の条件なんだ』
暴走して別の世界をメチャクチャにするやつは、必ず魔界にも危害を及ぼす。魔界はそう考えているとか。
その理屈がおかしいと、誰も思わなかったんだろうか? 明らかに、体の良い厄介払いではないか。地球なんて、どうでもいいバトルフィールドだと考えている。そんな思考がミエミエだ。
『だからやつは、人間を犠牲にするルールを撤回しようと思っていたんだ。他の魔王たちだってそう思っていたはずだ。オレサマも含めてな』
本来なら、人望もあり魔界でも慕われている彼こそ、次期魔王にふさわしい。誰もがそう思っていた……はずだったのだ。
なのに、ヘカトンケイルは何者かに殺された。優勝直後、魔王候補の誰かに。
「で、親友であるあなたが疑われたと」
『ああ』と、バロールは小さくうなずく。
『オレサマは、友人を殺したヤロウを見つけ出して、この手で殺すのが目的だ。だから、誰でもよかったっちゃよかった。でも、シンクロ率の高いお前さんに出会って、助かった。オレサマも追われる身だったからな』
命からがら逃げ出し、ようやく魔力濃度の高いわたしに出会えたという。
『オレサマにとっての一番は、あいつしかいない。オレサマはいつだって二番手だった。だから、一番だったあいつの座は譲らない。オレサマが一〇八九代目の魔王となって、ずっとあいつの座るはずだった場所を確保するんだ。それがオレサマの夢さ』
親友の敵討ちという負の感情ではなく、親友がいた場所を守ることが、彼の願いか。
「願いを叶えることができるなら、そのお友達を復活させてよ、ってお願いすればいいのでは?」
『それはできない。魔王の願いは聞き入れてもらえないんだ』
「わたしが願ってもダメですか?」
『もちろんだ。願いってのは、なんでも叶うってわけじゃない。そいつが本心で望まないと』
バロールの友人と、わたしには面識がない。だったら、わたしにはムリだ。
『協力してくれているんだ。お前の夢を叶えてやる』
「夢かぁ」
『なんでもいいぜ。イケメンカレシとか、美貌とか』
いきなり言われても。
「カレーが食べたいですね」
『そんな願いでいいのか?』
「違いますよ。単に独り言です」
とにかく今は、腹が減った。
「ごはんよー」の一言で、わたしは下に降りる。
母のカレーを食べてようやく、自分は帰ってきたんだと思えた。
「ヒトエ、なんかあった?」
「何も」
「もう七杯目よ」
「え……」
そんなに食べていたか?
「食べてきてないの?」
「うん。ちょっと学校で色々あって」
「大丈夫? 今度、お母さんのお料理動画にクラスのお嬢様みたいな人が出るんだけど?」
母は主婦業の他に、料理系動画ブログを出しているのだ。
「その人とは、関係ないよ。平気。お父さんの分、残ってる?」
「大丈夫よ。別のお鍋に取ってあるから。じゃんじゃん食べてくれてうれしいな。レシピブロガー冥利に尽きるよぉ」
わたしに異変が起きているのに、母はえらく呑気だ。
「平気だろ。姉ちゃんの栄養は全部、胸に行くんだから」
弟が、いつものようにおちょくってくる。
「それ他の女子に言ったら、セクハラだからね」
発言を受けて、わたしは弟を軽く小突く。
「俺は聖乳好きなの」
「なんなん、それ?」
「昔で言う貧乳だよ。貧相な胸ってなんだよ。あれは人に幸せを与えすぎて平らになっただけだろ? だから聖乳なんだよ」
コイツはコイツで、地獄に落ちるんだろうな。彼のモテも今のうちだろう。
「俺は母ちゃんとか姉ちゃんみたいな大女じゃなくて、聖乳なちっちゃい子と結婚するのが夢んだよなあ。でもみんな避けるのはなんでなんだ?」
「物欲センサーというやつだよ。邪な考えで手に入れようなんて思っているから、逃げちゃうんだ」
「聖乳は、モノじゃない」
「正論だけどね、一連の発言は明らかに変質者だからね、あんた」
弟は、至極まともに話しているようだったが。
それにしても夢か。
「うーん。どれもいいかなと思いますねぇ」
自室に戻っても、夢なんて思い浮かばない。
わたしは、比較的幸せだ。
父は警察官で、今でもあちこちを回って忙しい。
母は主婦のかたわら、お料理系動画配信者だ。
中学でサッカー少年をしている弟は、わたしと違ってモテる。
「一番地味子なはずのわたしが、まさか一番ヤバイ案件に絡んでいるんですよねえ」
重圧に耐えかねて、わたしはベッドに身体を沈み込ませる。
わたしだけは、華やかな生活からは程遠い。
それでも、満足だった。家族が幸せなら。
大好きな家庭に生まれて、わたしは幸せなのだ。
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