第141話 眠れる竜の日本紀行
故郷ではマフィアの娘で、正当防衛とはいえ自らの父親とその手下数名を殺害しているゲツレイは一瞬身構えるが、その提案は少女の想像をはるかに超えるものだった。
「上海の、私の家に来ないか?うちの子になって欲しい。」
少女の想像を超えるだけで、実は誰もが想像出来た提案と思う。
現にジュンケンは納得の表情だし。
「え?」
驚き戸惑う姿に、今度は大使が墓穴を掘る。
「その、……スイリョウから聞いているだろうが、私はどうしようもない駄目親父だったし、妻にも愛想を尽かされているし……
今家にいるかもわからない。下手をしたら父子家庭かもしれないけれど、私にもう1度父親をやらせて欲しいんだ。
今関わった人との別れを超えて、また無理やり大人になろうとしている君だけど、君はまだまだ子供でいいんだ。
もっともっと当たり前に、君が大人になる日まで見守らせてほしい。
娘の代わりじゃない、君の親になりたいんだ。」
悪い部分も隠さない、本音の言葉に、
「え?……いいの?」と、戸惑い続ける。
「いいんだ。」
「マフィアの子だよ。」
「いいんだ。」
「人殺しだよ。」
「それでもいいんだ。」
ゲツレイの人生で全肯定されることなど殆ど無かっ……
いや、日本で暮らし始めるまで全くなかった。
この国での暮らしがジュンケンに成長を運んだように、ゲツレイには当たり前の子供時代を運んできた。
それは『幸せ』と同義である。
「いいの?父さん?」
涙がこぼれる。
孫月玲は、黄月玲を経て、孫月玲に戻り、王月玲となる。
遠く富士を見つめながら、船はいく。
横浜を出て、また1週間をかけながら上海に向かう船上で、
「うわーっ‼この角度で富士山を見るのは初めて‼」と、はしゃいでいるのは日本人のさくで、
「ふふーん。俺は行きに見てるぞ」と、清国人のジュンケンが胸を張った。
船はいく。
1年前と違う風を載せて。
あの時は腹部に大怪我をしていた。
今は清潔な満州服で、怪我のない体で空を見上げるゲツレイだ。
視界をカモメが横切って消える。
今日本が遠くなる。
そして清に帰ったジュンケンの活躍も、ゲツレイの日常も、日本に残ったスイリョウの幸せも、スウトウの奮戦も、また別の話である。
おわり
PS)明日、あとがきですが、ラスト1本更新致します。
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