第140話 竜の子は、竜に

 「あるよ」と、ジュンケンは迷いなく言った。

 列強に食い荒らされ、国中が混乱している中、科挙なんて前世代から続く制度にこだわっている国が嫌で、武士に憧れた、夢だけをみた少年はそこにはいない。

 「俺、この国に来ていろいろ見て思ったんだ。」

 憧れと現実の乖離は勿論、どうしようもない不合理や理不尽の中、それでも人は生きている。

 江戸幕府が終わる、1つのシステムが崩壊する様を見て、少しでも被害を減らそうと立ち回った徳川敬喜の思いの強さも、それでも彼を害そうとした謎の刺客の拗れた思いも、そして今新政府が国を変えようとする、近代化を目指す求心力も、それに抗おうとする土方や沖田を含む旧幕府勢力の抵抗も、当事者そのものではない、少し外れた視点から見てきた。

 大きな政変を理解し判断するのは、当事者ではない。

 歴史は最終的に勝利した者が作る。

 そこに客観性はない。

 あくまで偶然だった。

 隣の国の天才が全てを見ていた。

 これは清にとって望外の幸運である。

 生かせるか、生かせないか。

 それは青年のこの先に、そして清と言う国そのものに係っている。

 「グズグズしている場合じゃない。言うべきか分からないけど、まあ、この場だけだから言うよ。多分『清』は終わるから。どう終わるのか、この先をどう持っていくべきなのか。

 俺は日本も変えたかったけど、それはこの国の人に任せようと思う。

 俺は清を変えたい。

 出来ることをしたい。」

 ならば国に帰って、次の科挙を受けて……

 そう思っていると、

 「そう言うことなら大丈夫だ」と、大使が笑う。

 「……?どういうこと?」

 「と言うか、ジュンケンは、少し自分の価値に気付いた方がいいな。」

 1年前、ジュンケンが科挙会場を脱走した後、上層部は大騒ぎになったそうだ。

 完璧なトップ合格の答案を残し、消えてしまった受験生は皇帝の興味を引き、3年前の科挙でも合格しながら年齢を理由に門前払いをされた事まで知ってしまう。

 「誰の仕業だと、大騒ぎになったんだ。」

 11歳の官吏様に嫉妬した高官の仕業だった。

 背後には、老害と呼べる官僚達の闇が広がっていて、彼らは皇帝の逆鱗に触れた。

 「『貴様らの下らぬ嫉妬で、将来ある若手を葬ったのか‼』とお怒りになった皇帝様が、両手の指の数ではきかない人数を粛正した。今残っている官僚達も、いつ自分に手が回るかと危惧している。

 戻った瞬間、北京から迎えが来るよ。」

 下らない政治そのものの大使のセリフに、

 「うわ、面倒な……」と、ジュンケン。

 「俺、1年前の科挙は途中棄権だし、4年前は合格を取り消されてる。迎えに来ようがただの郷士(郷試合格者)だぞ。」

 「超法規的措置とやらで、進試は合格済みだ。戻ったら即殿試を済ませるって騒いでいるよ。」

 つまり大使は、必ずジュンケンが政治に関わると踏んで、国に連絡してくれたのだ。

 こう言う特別扱いは大嫌いなジュンケンだが……

 これもある意味成長で、必要とあらば清濁併せ飲み、利用するべきだと判断した。

 子竜は竜となり、生まれ育った国で戦おうと決めた。

 「わかった」と頷く姿に目を細めた大使が、その顔を少女に向ける。

 「次にゲツレイだが……」 

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