第138話 ある藩主の『目から鱗』な1日

 えっ⁉️

 なんで⁉️

 なんで、こんな小さな藩の祝言に将軍様が⁉️

 『祝言じゃない』とか、『もう将軍じゃない』とか、『今は新政府軍と旧幕府軍の争いの最中なのに⁉️』とか、突っ込みやら疑問やらが次々と浮かぶものの、衝撃的過ぎて素通りしてしまった。

 閖上藩主は混乱の中、ふと平良藩現藩主、好隼を見ると……

 こちらも眼を落とさんばかりに見開いて。

 混乱していた。

 敬喜公の知り合いは、どうやら当主では無いらしい。

 奥から進み出たのは、なんと新婦の父である清国大使。

 「おや、徳川様。今日はどうして?」

 「なに、我が案内役殿がそなたの娘と婚姻すると聞いてな。

 どうせなら、箔をつけてやろうと思ってな。」

 「それはありがとうございます。」

 なんと、敬喜公の知り合いは清国大使だったのだ。

 新郎である3男も、決まりが悪そうな顔で頭を下げる。

 彼も関係者であるようだ。

 そこに歩み寄ってきたのは、元服直後に見える清国人の青年。

 「こんな所まで来て、大丈夫なのかよ、将軍⁉️」

 随分ぞんざいな言い方に冷や汗が流れるが、敬喜公は気にも止めない。

 「大丈夫ですよ。君達が叩きのめしてくれたお陰で、我が護衛は優秀です。」

 言われてみれば、敬喜公の後ろには人がいる。

 洋装に帯刀し、髷すら結っていない。

 随分はいからな格好の護衛は、鉄次郎だ。

 「ああ、おっちゃんか‼️」

 年配扱いに、

 「俺はまだ20代だ」と、彼は口を尖らせた。

 思い付いたように敬喜公が尋ねる。

 「そう言えば、通訳殿は?」

 ジュンケンは、大分前から『町の散策』が仕事である。

 この場合の通訳は、スウトウのことだ。

 「はい、ここに。」

 「小耳に挟んだのだが、君、日本に残るんだって⁉️」

 「はい。僕はこの国に残ります。」

 キッパリ言い切ったスウトウに、少しだけ笑った敬喜公が、

 「なら、私の所に来ないか?」と、誘った。

 「私の所は肉体派が多くてな。事務官がいないんだよ。」

 宗近とスイリョウの婚姻は、スウトウの仕官先も運んできたのだった。


 衝撃9割、酒1割。

 ふらつく足取りで料亭を歩いて出る閖上藩藩主だった。

 帰り道はカゴが用意されていたが、歩いて帰れない距離ではない。

 従者もいるし、酔い醒ましの散歩と洒落こんだものの、更なる衝撃が止まらない。

 「ああ、来た来た」と、軽い調子の声がした。

 「何奴⁉️」と、従者の1人が持っていた提灯を掲げると、明かりの先に先程宴の席で見かけた、清の民族服姿の青年と少女がいた。

 「待ってたよ。」

 彼らの足元に塊がある。

 目を凝らすと、それは見知った人間だった。

 「佐市⁉️」

 妾の子である、高沼佐市(たかぬまさいち)だ。彼は猿ぐつわをはめられ、手足を縛られ拘束されていた。

 その脇に、抜き身の日本刀が光っている。

 「彼らはその先の角で、あなたを狙っていた。」

 初めて少女の声を聞く。

 彼ら……と言うことは1人ではない。

 佐市の隣で拘束されて、それでも何とか顔を隠したくて、ジタバタしていたのは?

 「村瀬⁉️」

 相談役の村瀬竹春だ。

 「あなたの藩の事情は知らない。姉の祝い事にケチをつけたくなかったからな。」

 少女は面倒臭そうに言ったが……

 佐市は残忍な性格だが、剣は免許皆伝のはずだ。

 そんな簡単に制圧出来るはずもなく、その男が自分を狙ったなら、力による『跡目』奪取だ。

 そこに村瀬が協力すれば、この襲撃の絵図がかける。

 呆然としていると、

 「後は任せたからな。」

 「家来は選んだ方がいいぞ、家柄とかじゃなくて」と助言して、2人は夜の闇に消えた。

 いろいろありすぎて、まだ考えはまとまらないが……

 取り敢えず、平良藩とは丁寧に付き合って行こう。

 そう決意した、閖上一太和正だった。

 

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