第137話 ある藩主の『驚天動地』な1日
山2つ隔てたところにある、平良藩の江戸屋敷から招待状が届いた。
「なんじゃ?」
仏頂面で文を読むのは、閖上藩藩主、閖上一太和正(ゆりあげいちたかずまさ)。
彼は、自藩の江戸屋敷に滞在中だった。
文によれば、流行り病で急死した長男に代わり、3男が跡継ぎになること。その3男が嫁をとるため、披露を兼ねて宴席を設ける、とある。
「あの平良が生意気な……」
閖上藩は、面積的にも桁違いに広く、平野も海も押さえている。
確かに2藩は『隣』だが、国力の違いは歴然なのだ。
ただ、1週間後には治領に戻る予定であり、半ば暇潰しのつもりだった。
「おい、村瀬」と、藩主は手を叩く。
「はい、ここに。」
呼ばれた男はまだ20代、少し前に代替わりしたばかりの、村瀬竹春(むらせたけはる)、代々藩の相談役を勤める家系だった。
「平良藩に返事を返せ。出席するぞ。」
会場は、こう言う時に大名連中が使う料亭で、従者2名を連れて少し遅れて到着した藩主に、案内の中居が妙なことを言う。
「閖上様。宴は奥の間にて行いますが、この度は平良様のご意向で、少し変わった形をとらせて頂いております。」
「ほう。」
「西洋風で、『りっしょく』と呼ばれる形です。」
りっしょく……立食か……
立ったまま宴を行うと言うことか?
ただ、長時間立つことに不安があれば椅子を貸し出しているらしく、藩主は念のためそうした。
会場に着くと、広い部屋のあちこちに高さのある机があり、大皿に料理が並べられている。
そこから個々でとるらしい。
「西洋では、草履も履いたままらしい。」
「まことか?」
「ああ。畳敷きの部屋故、それは避けたようじゃな」と、先に始めていた他藩の藩主達が騒ぐ声がする。
新郎新婦らしい、男女が椅子に座らされている。
青年の方が平良藩の新しい跡継ぎであろう。
彼はいわゆる紋付き袴だが、嫁の方は少し変わった格好だ。
『清の者か?』と思った。
その腹が膨らんでいることに気付き、
『ああ』と、閖上藩主は納得する。
藩主の婚姻と言えば、近隣の姫か高位の家臣の娘が当たり前だ。
それを壊してまで、と言うことは、つまり子が出来たためだ。
嫁は清国大使の娘と聞いた。
参列者の中には清の民族衣装姿の者もチラホラ見え、つまり、
『責任を取らされたか』と納得する。
清国側に、日本で言うなら『元服』直後くらいの、もう少年とは言えない、しかしまだまだ若い青年と、背は小さいがゾッとするほど顔立ちの整った、赤い髪と緑の瞳の少女がいたことが印象に残った。
『全く次期藩主ともあろう者が迂闊な』と、思っていた。
平良藩は小さい。
弱小ゆえに『婚姻』など、他藩に繋がりを持つ機会は逃すべきでなく、
『馬鹿な男だ』と思っていると、
「やあ」と、遅れて現れた男に驚愕する。
彼の顔を知らない藩主など、もぐりだ。
「面白そうなことをしていると噂に聞いてね。来てしまったよ。」
彼は……
江戸幕府最後の将軍、徳川敬喜だったから。
注)お気付きでしょうが……
平良藩、閖上藩は創作ですm(_ _)m
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