第136話 光陰矢の如しの1年でした

 『結婚って大変なんだなぁ』と、スウトウは思った。

 あの後、宗近の両親は大使館で待ち、外出から戻ったスイリョウの父である大使と会談する。

 急展開が過ぎて混乱する大使に、通訳として引っ張り込まれたのだ。

 日常会話くらいいけるクセに。

 両家は挨拶を交わし自己紹介して、特に嫁として娘を連れて行く、平良家は周囲の牧歌的な環境の良さと、藩主の嫁ゆえに想定される危険からは全力で守ると宣言した。

 「いや、藩主は駄目弟だし……」と、宗近はぼやいていたが、ある意味暴君だった駄目亭主2名は変に意気投合しているから、……無駄だろう。

 自分自身、ゆきを娶った自覚はあるスウトウだが、こう言う段階は飛ばしてしまった。

 スウトウの家は清にあり、ゆきの家はあの村にまだあるのだが、何せ彼女を売り払った家だ。

 放っておいていいだろう。

 今はただ、後1ヶ月を切った、清国大使館解散の先を懸念している。

 取り敢えず1年くらい暮らしていける金子はあるが……

 大使から、

 「次の大使の事務員に紹介しようか?」と言って貰っていたが、この先の人生を日本で過ごす以上、これは最後の手段にしたい。

 あと、つてと言えば、今話し合っている宗近くらいだが……

 これもまあ、保留だと思った。


 「は?」

 「披露宴?」

 突然の話に呆気にとられる一同。

 平良家一行が帰った後、大使館の面々は1階の広間に集まっていた。

 「えっと……『祝言』じゃないんですか?」

 「いや、それが……」

 ゆきの質問に答える形で、スイリョウが説明するに。

 祝言(結婚式)は平良藩の方であげるとして、まずはこの江戸で、急になるが5日後に、ちょっとした宴を催したい。

 江戸には各藩の江戸屋敷があり、平良藩に隣接、または近しい藩の屋敷もある。

 何軒かは参勤交代のタイミングで、藩主がいるところもある。

 「そう言う連中を集めて、宗近とあたしを紹介するみたい。

 はあ、面倒な……」

 スイリョウはブツブツと文句を言うが、今日1日での怒濤の展開に、ある意味腹は決まったようだ。

 嫁が外国人だとわかるように、定石無視の立食でやると言っているし……

 「とにかく‼️」

 全員に宣言する。

 「あんた達、全員出席だから‼️」


 正式な場所に出るとなると……

 困るのは服装だ。

 スウトウはいい。

 大使館職員として礼服を持っている。

 例の裾の長い満州服で、地味な黒かと思ったら、なんと銀だ。

 現代人なら『ホストみたい』と突っ込むところだが、背が高いので意外と似合う。

 めでたい席なら問題は無いだろう。

 ゆきは、スイリョウが暇潰しに作った大量の着物があるので、問題ない。

 ジュンケンも礼服があるし……

 問題なのは、最近仲間になったさく。

 スイリョウが妊娠してからのメンバーのため、暇潰しの服作りをされていない。

 本人も貧しい農家の娘であり、まともな服が無かった。

 「ああ、なら‼️」と、本人。

 「ジュンケンの服貸してよ‼️」

 確かに満州服は、あまり性差を気にしない服装だったが……

 「いいの?俺、買えるよ、さく。」

 「ああ、いいのいいの‼️だって、その方が。」

 「清に嫁に行く感じじゃない⁉️」と、ニッコリ笑った。

 となると、残るはゲツレイだが……

 江戸城に入り込むのに使った、赤い礼服でいいかと、着替えてみた。

 少し驚く。

 確かにあの日引きずりそうだった裾が、くるぶしの上にあった。

 少しだけ、少しだけだけれど、大きくなり始めた自分に、小さなガッツポーズをとるゲツレイだった。

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