第132話 藩主様の独り言

 平良藩は、東北の山奥にある。

 奥州街道を北へ、北へ。

 ゆきの村はそこから日本海に出たが、平良藩は山奥の盆地。盆地と言えば聞こえはいいが、くぼ地程度のところを切り開いた小藩だった。

 領民は1000人もいない。

 例えば江戸の下町を庶民の服で将軍が歩いていて、その身分に気付く者は皆無だろうが、平良藩なら誰もが藩主に気付くだろう。

 そう言うレベルだ。

 産業は林業しかない。

 自分達で食べる分くらいの野菜や米や麦も育てているが、売り物になるほどは採れないし土地もない。

 なかなかにギリギリな貧乏藩なのだ。

 その藩の藩主が、平良多郎好隼、55歳。

 彼はイラついている。

 最近相次いで後継ぎたる長男、平良一太郎隼正と、そのスペアだった次男、平良次郎長好を亡くした。

 流行り病に倒れ、アッという間の死だったのだ。

 このままではお家騒動に発展するから、継承権から遠いゆえに放っておいた3男に声をかける。

 血の順番だし、致し方ないなのだが、これが存外思い通りにならなかった。

 『戻ってこい』と催促しても、江戸屋敷から戻らない。

 清国大使一行の世話係など引き受ける。

 「あいつは一体跡継ぎの自覚があるのか‼」と怒ってみても、自分が嫌われていることくらい、何となくわかっていた。

 全て、自らしてきたことの結果である。

 平良藩藩主・好隼が思い出すのは、無いに等しい3男との思い出ではなく、自らの弟、平良治郎宗任(タイラジロウムネトウ)のことだ。

 生まれた時から多郎である好隼は長男で跡継ぎ、2歳下の宗任は次男でありスペアだった。

 平良家では……と言うか多くの大名家では、戦や病で藩主が突然死する不測の事態に備え、お家継続のためにスペアを置いた。藩主としての教育や鍛錬は施した上、必ず代われるわけもない(と言うよりスペアの出番があると言うことは藩主が死んだということだし、死にたくはないので極力避ける)幽閉生活。

 跡継ぎ問題を混乱させるから嫁も取れない。

 平良藩では街歩きくらい許されたが、どこにも行けない。やりたいこともやれない……どころか、やりたいことも探せないまま、40歳の時急死した。

 現代なら、

 『ストレスで……』と言われるだろう。

 何もさせてもらえなかった、哀れな弟を思い出すのに……

 結局好隼自身も、息子達に同じ事を強いた。

 それが当たり前だと考えることを放棄して、長男、次男に過酷な運命を与えた。

 長男は結婚していたが子がいなかった。嫁は家に返した。

 次男は勿論独り身のまま逝った。

 そして今更白羽の矢を立てた3男は、数に入れない半端者として(後継者争いを激化させるため)声さえかけず勝手に育った。

 思い通りにならないのは当然だった。

 ただ、家のために早く後継者を決めなければならない。

 側室になら後3名の男児がいるが、出来るなら正室の子が望ましい。

 そして側室の子らも自らが関わらず育った子らで、どうしようもなく野心的であったり、どうしようもなく愚鈍だったり。

 3男が最後の砦なのだ。

 なのに、先日は急に帰郷して、

 『嫁は1人しかいらないし、清国大使の娘しかいらない』と言った。

 大名である以上、結婚は政治だ。

 ……

 もう、どうしたらいいか……

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