第128話 竜虎相対してのち
今現在のジュンケンに、ゲツレイの評価は知る由もないが……
土方との戦いは余裕などない、いっそギリギリ、薄氷を踏むようなものだった。
『勝負』になったのは、『相性』の問題。
土方の剣は策を弄することを嫌う、小細工ごと真正面から叩きのめすようなものだったから、避けること、受けることは簡単だった。
ただ、掠りでもすれば致命傷の剛剣、精神力は削れていく。
これ以上の膠着は望ましくなかった。
聞く人が聞けば分かっただろう。
それまで真っ直ぐ受けていた、カン‼ともガン‼とも表現出来る金属音を響かせていた少年の小太刀が、カキーン‼と言う滑るような音をたてる。
何合、何10合と打ち合った後だろう?
ジュンケンは初めて土方の剣を滑らせ、流す。
受け止めることを約束していたわけでもないが、そこまでの打ち合いにかけた時間がフェイクとなって、わずかに土方の体勢が崩れた。
「‼」
そのすきを逃さず、剣の振れない間合いに飛び込む。
ゲツレイ仕込みだ。
並の敵なら『成す術もなく』だが、さすがは土方、剣から片手を離し自由にすると、一瞬で肘を打ち下ろしてくる。
拳法の動きでそれを避けた、ジュンケンは黒刀を横なぎに払う。
土方の喉を急襲し……
「うわっ‼」
「ジュンケン、ダメ‼」
階段の上から見ていた、沖田とさくが声を出す。
喉を真一文字に切りつければ、普通なら絶対致命傷だ。
「……」
ただそうならないと分かっていたから、ゲツレイは黙ったまま見守って。
首を切られたはずの土方は、その場にドウッと尻餅をつく。
そして大声を上げた。
「いってえな、お前‼」
決着がついたらしい、階段上で見守っていた3人が駆け付けると、切られたはずの土方は元気だった。
首元に赤い線がついている。擦過傷だ。血はジワジワと滲み出していたが、命に関わるものじゃなかった。
「お前、それ、鋸よりひどいぞ‼」と、土方はジュンケンが持つ黒刀を指す。
強さ重視、切れ味皆無の黒刀は、土方との打ち合いで微かについていた刃まで全損していた。
絶対に切れない。だから切った。
「いいんだよ。これが俺の理想だ」と、少年は全く切れない小太刀を鞘に納める。
キン‼と澄んだ音がする。
音だけだけど……
「まったく面白い小僧だ」と、土方は笑った。
「総士、お前の贈り物、なかなかのモノだったわ。」
近く武士以外に殺される、終わりゆく自分には最高のプレゼントだった。
「それはどうも。」
「ただ、贈り物は気に入ったが、お前は京へは『連れて』行かない。これは決定事項だ。」
言い切る土方に、
「いえいえ、もう『連れてけ』とは言いませんよ。僕もきっぱり、未練ごと断ち切られましたから」と、沖田が血のにじんだ手拭いを巻く左手を見せた。
「……なんだ、嬢ちゃんの方ともやりたかったな。」
「私では、初撃を外せば受け止めきれない。弟が良い。」
「違いない。」
談笑する仲間を見ていたジュンケンは、さっきから何かが引っかかる。
連れて行かない。連れて行け。
連れて……
さくの父の、最期の言葉の口の動きに重なった。
連れてけ……
「連れてけ、だ‼」
急に大声を上げた少年に一同呆気にとられたが、続く展開に更に呆れる。
「さく‼やっと分かった‼」
「え?」
「親父さんの最期の言葉‼連れてけ、だ‼
俺はさくを清に連れて帰る‼」
「はい?」
「結婚しよう‼」
ムードの無さなら、宗近のお子様プロポーズとどっこいどっこいだ。
月夜の、決闘場でのプロポーズ。
土方と沖田が唖然とし、ゲツレイは珍しく、腹を抱えて笑っている。
春が近い……
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