第127話 未練を断つ‼️

 「ぐわっ‼」

 いきなりの疼痛に、沖田の口から呻き声が漏れる。

 なんだ、一体?

 何をされた?

 頸動脈を割かれるものと思っていた。一瞬で意識が無くなると思っていたから、理解が追い付かない。

 ただ体だけは反応した。

 反射的に左腕を体の前に、庇うように抱え込む。

 痛みで体が前に折れる。

 必然的に下を見た瞳に、

 「‼」

 足元の土の上だ、夜の暗さの中浮き上がる、白い、幼虫のような何かが?

 爪がついている?

 「指か?」

 冲田自身の指だった。

 ゲツレイが左手の小指を切り落とした。

 ハッとして手をみる。

 隣の薬指にはかすり傷1つ無く、押さえつけたわけもなく空中で切った。

 完璧な達人技だった。

 「君の、武士としての生命は終わった。」

 相変わらず少女は平坦に喋る。

 「君自身の命は……まあ、勘弁してやろう。」

 言われて気付く。

 やくざ者が不始末を犯した時、ケジメで指を落としたりするが……

 左手の小指なのは、いらないからじゃない。

 刀を握る時根元を支える指であり、それがないと実力が半減する、1番重要な指だからだ。

 今冲田は左小指を失い、病気云々関係なしに、並みか、並み以下の剣士になれ果てた。

 もう、『剣客』とは言えない。『新選組』も名乗れまい。

 ああ、そうか……

 「未練を断ち切ってくれたか。」

 あわよくば付いて行きたかった。

 仲間達と最期まで戦いたい。

 武士でいたい。

 病を得て、諦めたふりの冲田の望みを……実は今回の贈り物が気に入ったのなら、京への同道を願い出ている、馬鹿な病人の未練ごと、少女は断ち切ってみせたのだ。

 「知らん。君の行動に怒っただけだ。」

 素気無く言ったゲツレイが、物入れから手ぬぐいを出し投げて寄越す。

 「取り合えず押さえておけ」、と。

 「ああ、ありがとう。」

 沖田が自ら手当てするのを見届けると、少女はさくを振り返る。

 「さく、大丈夫か?」

 「ん、うん。いい人?……でもないけど、普通の人?でもないな。」

 「?」

 「害はなかった。」

 「そうか。」

 微妙な評価に、

 「そこはいい人って言っておきましょうよ、お嬢さーん」と、当たり前みたいに会話に入ってくる沖田。

 「ジュンケンとゲツレイって?」

 「?」

 「清国大使館の用心棒なの?」

 「ん、違う。」

 「嘘だろ、お姉さん‼」

 階下で決闘をしている2人に申し訳なくなるくらいの、日常の続きだ。

 カンカン‼と、土方の剣と、ジュンケンの小太刀がぶつかり合う音が響く。

 「どっちか勝つと思う?」と、沖田が訊いた。

 「うちのが勝つよ。当然だろ?」

 「自信満々だね、お姉さん。」

 「君の先輩は『虎』だけど……」

 相対する少年は、

 「うちのは『竜』だぞ。負ける道理がない。」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る