第124話 邂逅す

 ジュンケンは、深夜の決闘のために部屋で準備を整えようとして……

 「まいったな。」

 特にすることなど無い、と気付く。

 服装はいつもの満州服でいいし、大体が騎馬民族のための動きやすい服であり、これ以上など無かった。

 刀は、鍛冶屋からもらった黒刀がある。

 「今回は抜くことになりそうだ。」

 強さに特化し切れ味は極限まで悪い、少年の理想形だ。

 国にいる時は憧れたものだが、ジュンケンは絶対に武士ではない。

 死ぬ気もないし、辞世の句もいらない。

 やることがない。

 さくのことを思えば不安になるが、むやみやたらと駆け回ってもどうしようもないのだ。

 体を休めるために横になる。

 あの沖田と言う男の印象から、決してまともではない、いわゆる狂人の類と分かってなお、さくが酷い目にあうことはないと思う。

 説明は難しいが、それに関しては信用できる男と思った。

 なら気になるのは、あの『4文字』のことだ。

 さくの父は、いったい俺に何を託した?

 『たのむぞ』でも、『まかせた』でもない気がする。

 口の動きから、最初の一文字はア行ではない、そう思った。

 分からない……

 いつかウトウト眠ってしまった。

 自分でも驚くほどに、落ち着いているジュンケンだった。


 深夜、頃合いを見計らって大使館を抜け出した。

 姉が付いて来るのではと思っていたが……

 ゲツレイは見当たらない。

 気配ごとスッパリ無く、部屋の明かりも消えている。

 ジュンケンはゆっくり歩いて、さくの家の菩提寺へ向かう。

 待ち合わせの場所へと。


 「お前が沖田の贈り物か?」

 寺の門前に着いた時、9つの鐘はまだ鳴らないが、すでに待ち構えている人影があった。

 大柄な男だった。

 均整の取れた顔立ちながら野性味にあふれ、血に飢えた獣のように、目がギラギラと光っている。

 男の背後には『虎』が見える。巨大な虎はウロウロ動き、何か探す風だった。

 つまり、獲物と見るや襲い掛かる。

 沖田とは違う意味で、

 『危険な男だ』と、ジュンケンは思った。

 「贈り物かどうかは知らん。」

 少年は答える。

 「9つの鐘が鳴る頃、ここに来いと言われた。」

 出し惜しみできる敵ではない。

 ジュンケンが懐の黒刀を抜くと、

 「そんな小刀でいいのか?」と、男も腰の刀を抜く。

 太く、重そうな剣だった。

 まるで野武士のようだった。

 鐘の音が響き出す。

 9つの鐘だ。

 「新選組副長、土方寿三だ。」

 「俺は黄順賢だ。」

 「ならば……」

 約束の鐘の音が消えようとしている。

 「参る‼」

 それを合図に、土方がかかってくる。

 剣を上段に振り上げた。

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