第122話 罠にかかる

 「待ってくれたことは感謝するよ。」

 その言葉は本気だった。

 沖田は、太助との別れの時間をくれた。

 彼が自分の何を気に入り、何をさせたいかわからないが、それでも大切な人との最期の時を邪魔しなかった、それだけはありがたい。

 「いやいや、君の姉さんに頼まれたんだ」と、笑う彼は好青年だ。

 しかし、その背後に見える映像が……

 手負いの狼。

 異常にぎらつく瞳が、最後の一噛みを狙っていると伝えてくる。

 こんなにも、

 『外見と合わない映像を持つ男は初めてだ』と、ジュンケンは思った。

 うすら寒さを感じる。

 沖田との出会いは、さくの家の菩提寺の前だ。

 山門があり、階段があるタイプの作りだから、多分住職は気付いていない。

 青年と、ジュンケンと、さく。

 3人だけと思った。

 沖田から感じるマイナスの気に気を取られ、警戒を忘れた。

 後で思えば大失態だ。

 さくは話の展開についていけず、ただその場にいた。

 「ジュンケンさん。君には僕の先輩と戦って貰いたい、一騎打ちで。」

 そう言われても理由がない。

 「戦う理由がない。」

 「僕達新選組は、明日朝早くに江戸を立つ。京で新政府軍と開戦する。時間がないんだ。」

 「いや、だから。」

 「今晩やろう。いいね?」

 そして沖田は、話をまったく聞いてくれない。

 是も非もない。

 「いや、だから俺は‼」

 懇切丁寧に説明した。

 ジュンケンには人は殺せない。

 いや、持っている技術的には可能でも、間違っても殺したくない。

 誰かを守る時だけ、間違っていることを正す時だけ、力を使うつもりでいること。

 「なら、守らせればいい訳ですね。」

 瞬間、沖田が邪悪に笑った。

 「えっ‼」

 嫌な予感に心拍数が跳ね上がる。

 一体何を間違えた?

 呆気にとられたまま横で立ち尽くしているさくを反射的に見て‼

 「うっ‼」

 背後から、頭に強い衝撃を受けた。

 油断した‼新手がいたんだ‼

 思ったけれど、意識が途切れる。

 「ジュンケン‼」

 さくの叫び声さえ遠く聞こえ、行きがけの駄賃とばかり蹴られた腕は、後で気付くこととなる。

 暗闇に……落ちる……


 どれくらい経っただろうか?

 少年が意識を取り戻した時、周囲に人はいなかった。

 沖田も、視認出来ていない新手も、そして大切な人も。

 「くそぉーっ‼」

 さらわれた‼

 俺の不注意で‼

 太陽の位置から考えても、それほどの時は過ぎていないが……

 今はもう影も形もない。

 懐に文が入っている。

 『この国の方ではない貴方には、その方が分かりやすいでしょう。

 今夜9つの鐘がなる頃(0時・子の刻)、今この場所でお会いしましょう。

 お嬢さんはそれまでの担保にお預かりいたします。』

 文には『沖田総士』の名が添えられて……

 「くそおぉぉぉっ‼」


 

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