第120話 消えゆく命と、竜

 「なんで帰ってきてんだ。馬鹿か、君は?」と、顔をしかめたゲツレイが言った。

 もっともだ。

 本当に、何をしているんだろう、俺は?

 久しぶりのさくの家。

 弱り切った父親を見た。

 支えたいと思う。

 まだ好きとさえ言っていない、愛しい人を。

 けれど……

 どうするべきか分からない。

 いつもなら早めの昼ご飯を済ませ、任務である街の散策に向かうのだが、どうにも離れがたかった。

 ジュンケンはモダモダとはっきりしないまま、結局夕刻までそこにいた。

 生きとし行けるものは、必ず逝く。それは自明の理であり、避けることの出来ないものだ。

 初めて彼が危篤に陥った時、ジュンケンは慌てふためいたものだが、それは覚悟が追い付かなかったせいだ。

 分かっている。

 僧堂の育ちだ。

 ある意味『死』には慣れている。

 しかし、今目の前で薄くなる気配に、ゆっくりゆっくり連れていかれる姿に、気持ちが乱される。

 去りがたい。

 しかし、一本気な少年にしては珍しい、そこに『愛』や『恋』が絡んだせいだが、いつまでも落ち着かず中途半端だった彼に、

 「大丈夫?もう夕方だよ、ジュンケン」と、さく自身から声がかかる。

 「ああ、そうだな。」

 後ろ髪をひかれつつ、それで帰ってきてしまった。

 馬鹿だと思う、我ながら。

 「まったく、グダグダらしくなく考えるからだ。」

 口さがなく言って、ゲツレイが取り出したのは大きな包み。

 強いくせに非力は彼女は、それを両手で持ち上げて少年に渡した。

 少女は少年を待っていた。

 おそらく帰ってくることも、それでは間に合わなくなることもわかっていたから、玄関先で待っていたのだ。

 「ほら。」

 「あ?」

 「夕飯だ。ゆきさんに作ってもらった。」

 恒例の山盛りのお握りだ。昼御飯用よりさらにたくさん。ジュンケンにしても結構重い。

 「姉さんに作ってもらおうとしたんだが、調子が悪いらしく寝てるんだ」と、ため息交じりで2階を見上げ、

 「早く戻れ。間に合わないぞ」と、建物の奥に踵を返す。

 迷うなら行動。出来ることはしろ。

 普段の少年ならわかっている、進むべき道をぞんざいに顎で示す姉に、

 「わかった‼」

 それでも感謝して、彼はもう1度走り出すのだ。

 

 「戻ったぞ、さく‼」

 大声で叫ぶ頃には、夜の帳が下りていた。

 扉を開けたさくが驚いた顔をする。

 目を見開き、瞬時にこぼれた涙を誤魔化すように、少年の胸に飛び込んだ。

 「ジュンケン……父さんが……」

 「……まだ、大丈夫だろ?」

 「うん……でも、呼吸がずいぶん弱くなって……」

 「今夜は俺、一緒にいるから。大丈夫だ、さく。」

 「……」

 「1人じゃないよ。」

 抱きしめて気付いた。

 出会った頃はさくの方が高かった背が……

 今は少しだけ、ジュンケンが高い。


 時が確実に移っていく……

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