第119話 結婚は人生の墓場とは言いますが、それより更に上手でした

 屋敷を歩けば、足が出てくるような環境だった。

 前の結婚時代、集団の恐ろしさを嫌と言うほど味わったスイリョウだ。

 婚家は、役人とつてが作りたかっただけ。

 むしろ、目的に対し付属物でしか無かった嫁をないがしろにした。

 大きな商家だったため、屋敷には下男や下女が大勢いた。

 雇い主たる義理の父母、夫の感情が、彼らに波及してしまう。

 今ならわざと出された足の1つや2つ、思い切り踏みつけて歩くのだが……

 「……」

 あの頃の、未だ大人しいスイリョウでは、避けて歩くくらいしか出来ない。

 嘲る声が聞こえていた。

 けれど、強者に迎合しない者もいた。

 スイリョウが2回目の流産を経験した時、義父に蹴られ直後大量出血、死すら覚悟したその時、

 「奥様‼️大変です‼️奥様が⁉️」と叫び、医師に運ばざる得なくしてくれた若い下女がいた。

 彼女は、スイリョウが病院から戻った時にはいなかった。

 クビになったらしい。

 田舎から来て、やっと職について2ヶ月だった。

 後に、裁きを受け商家は潰れた。

 元・義父も、元・義母も、元・旦那も、投獄され生きてはいまい。

 たくさんいた使用人も、投獄こそ免れたが多額の罰金で無一文にされ、おそらく路頭に迷っただろう。

 彼らの事は気にならない。

 しかし、あの若い田舎の娘を路頭に迷わせた事だけが……

 今も心の傷となり、残っている。


 「誰とも絶対結婚しない‼️」と宣言すると、

 「大丈夫ですよ、スイリョウさん‼️」と、宗近が誇らしげな顔を見せる。

 なるほど……

 カク君が、順序だてて説明したと言っていたな。

 「両親には説明し、納得して貰ってあります‼️スイリョウさんが正妻です‼️側室は持ちません‼️

 だから大丈夫です‼️」

 まったく……

 子供のように欲望に素直だ。

 欲しいものは欲しい‼️

 正の感情も、負の感情も、素直に行動に移すから周囲を巻き込む。

 こう言うところが、最初堪らなく嫌いで、けれど今は堪らなく好きだ。

 「ありがとうございます、平良様。」

 敢えて、出会った頃のように家名で呼んだ。

 落ち着いて。

 感情や思い出に振り回されないように。

 「お申し出はありがたいけど、あたしは、結婚に夢は持っていないの。集団の怖さは、前ので十分学んだから。」

 「え?」

 「付き合うだけなら2人の問題だけど、結婚となればどうしても『家』の問題になる。説得されて折れたとしても、お父様とお母様の本音の部分はわからない。

 そう言う感情は下に伝わるの。

 あなたの家には家臣がいる。彼らは無意識にその意を汲もうとする。

 そうでなくとも、家臣の中で地位のある人間が納得していないだけで、その集団が敵になる。

 あたしはもう、起きていても寝ていても安心出来ない、自分と子供が脅かされる、そんな場所には行きたくないの。」

 努めて冷静に言い切った。

 過去が内心を乱そうとするが……

 ギリギリ耐えた。

 なのに‼️

 「で、でも‼️」と声を上げたのは、父親である大使だった。

 宗近は……

 複雑を装いつつ、実質単純で子供っぽい。

 断られることを想定していなかったから、言葉が出なかっただけなのだが。

 父親だったことで仮面が外れた。

 「うるさい‼️口出ししないで、父さん‼️」

 ついつい声を荒げ、

 「あなたのせいで、あたしがどんな2年を過ごしたか、わかってる⁉️」と叫んでしまい、直後回りに聞こえるくらいの舌打ちになる。

 急に平坦な表情に戻ったスイリョウは、

 「悪い……失言……

 あなたに逆らわなかった、自分の考えを持たなかったあたしが悪い。

 でも……もう関わらないで欲しい……」

 言うだけ言って部屋を出た。

 今まで浴びるように酒を飲み、好きなように振る舞ってきた意味がわかった。

 どうしようもなかった父親を、恨んでも仕方がない父親を、最後に許すためだったと気付き……

 大使が慟哭する声がする。

 立ち去りながら、思った以上に傷付いていた、引きずっていた自分に、スイリョウは泣き笑いとなるのだ。

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