第116話 好きなだけで何ができるか?
「おう‼戻ったか、小僧?」
意外にも元気な声で迎えてくれた、さくの父だ。
彼は布団の上に身を起こしている。座っていられる状態にある。声もしっかり届いている。
彼の背後に見える枯れ木から、最後の一葉は落ちていない。
しかし、
「もう持たないよ」と言った、ゲツレイの伝えたかった意味が分かる。
死ぬ直前の人は何故か小さく見えるものだ。
表面上は元気だ。
しかし、彼を構成する全てのものが薄くなり、力を無くしているとわかる。
有体に言えば……
オーラが消えかけているのだ。
拳法を修めたジュンケンにも、いつも『死』と隣り合わせだったゲツレイにも、もしかしたら一般の人も気付くくらい、彼の存在が弱まっている。
今元気であることも、消えかけの蝋燭の炎なのかもしれない。
一瞬だけ強く燃えて……消えていく……
「ああ、昨日帰ったよ。」
なるべく平静を装い返事を戻すジュンケンだったが、背後からヒョコっとゲツレイが顔を出す。
「おや?お嬢も来たのか?」
「ああ、弟との引継ぎだ。私はもう帰るよ。」
「おう、そうか。いつもありがとな。」
それだけ言って本当に帰った。
ジュンケンは、少女はただ伝えるために、いや、もしかしたら襲ってくるかもしれない沖田とか言う青年からの護衛のために、付いて来てくれたのだろうと察する。
ぶっきら棒で言葉足らずだが、本当に優しい姉だった。
ありがたいと思う。
台所の方から、
「えっ?もしかして、帰ってきたの、ジュンケン‼」と、愛しい人の声がする。
飛び出してきたさくが、嬉しそうな、けれど泣き出しそうな、複雑は表情を見せた後、全力で笑った。
「お帰り、ジュンケン。」
少年は、土間になっている台所で丸むすび1つを使い、父親用のお粥を作る彼女を見ていた。
ジュンケンは、基本大胆で真っ直ぐで行動的だ。
しかし一度そうしようと思えば、非常に細やかな観察が出来る。
お粥は以前より薄く延ばされている。
材料は彼自身が提供しているので、足りないわけではないとわかる。
父親は飲み込む力が弱まっているのだ。
そしてさくは、そのことに気付いている。
父親の最後の時が近い事を感付いている。
彼の生命力のなさは一般人でも察するレベルで、さくは侍に食って掛かったり勇ましい部分だけが前に出るが、実際は繊細な人間だ。
気付いていないはずはない。
それでも気丈にふるまう横顔に、改めて支えたいと思う少年だった。
この手の感情は言葉にならない。
愛しいと思う、抱きたいと思う、自分のものにしたいと思う女性に、必ず降りかかる悲劇が……
春には国に帰るだろう自分は、その『帰る』と言う選択の正誤も含め、いろいろと考え直さなければならない。
答えを出したくて旅に出て、出た結論は東北でも始終思い出していた、彼女が好きだと言う感情だけ。
考えろ、考えろ。
まだ伝えてもいない感情を、どうすべきか考えろ。
自分に何ができるか考えろ。
そしてこうなってくると……
ゲツレイが言ったまだ見ぬ青年の話が、少しばかり重くなる。
面倒ごとが一気に押し寄せる気配に……
少年はひそかにため息をつくのだ。
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