第113話 清国大使館の日常

 「ったく‼最悪だ、あいつ‼」

 夕食時、スイリョウがキレている。

 あのお子様プロポーズでなびく女性がいないことくらい、ジュンケンだって知っている。

 しかし、おいそれと口を挟める問題ではないので……

 沈黙は金。

 「でもまあ、大使がいない時で良かったですね」と、かろうじて口にするスウトウに、一同無言で頷いた。

 大使は通訳ダブル不在の半月だったが、片言の日本語は出来るし、今も精力的に動いている。

 昼過ぎに出かけ、新政府側に参加予定の高官と会談及び夕食を共にする。酒も入るので夜までは帰らないだろう。

 宗近はスイリョウに殴られ、中野に引きずられいったん退散となる。

 ちなみに、今晩のおかずは『イカと野菜の塩あんかけ』。

 一緒に売っていたのか、イワシの甘露煮もついている。

 『うまいなぁ』と現実逃避しつつ、3杯目のどんぶり飯をよそいに行くジュンケンだったが、

 「……」

 「⁉️」

 スイリョウに、見られていると気付く。

 動揺する。

 「あれ、完全に知ってるよね?どこからかな?」

 「えっ‼俺じゃないぞ‼」

 疑われて、必要以上のオーバーアクションになる少年をわざと睨み、

 「冗談だよ」と、スイリョウは笑った。

 「多分、ゆき、かな?」

 「はい。薄々感づいていたんで。

 平良様、あまりに自覚がないんで、つい。」

 「まあいいよ。」

 そんなに軽く流せるのなら、なんで俺はいじられたんだ?

 腑に落ちないまま4杯目に向かうジュンケンは、ふと隣の席で食べているゲツレイを見た。

 うどんや蕎麦を入れる為のどんぶりを、マイ茶碗にしているジュンケンに比べ、ゲツレイの茶碗はあまりに小さい。

 まるで普通だ。

 ……

 いや、普通なら普通でいいはずだが、なぜか大食いの人と言うのは、こう言うことを放っておけないらしく……

 やっと1杯食べ終わったようなので、

 「お代わり、よそって来てやろうか?」と手を出すと、

 「止めろ、十分だ」と、椀を隠された。

 とにかく小食なゲツレイだった。

 少女は……

 さすがにこれは人には言っていないが、実は初潮も来ていない。

 幼い頃の生活がハード過ぎて、基本食うや食わず、たまにがっつりまとめ食べをするような生活だったから、もう成長出来ないと思っている。

 今は満足出来るだけ、美味しいものを食べているので十分だった。

 少女に『大きくなるために食べる』という感覚は無いのだが……

 「もったないな。お前、ちょっと背が伸びただろう?」と、ジュンケンに言われ、真面目に驚く。

 「えっ?」

 からかっているのだろうか?

 「ああ、そう言えば。」

 「言われてみれば。」

 「大きくなってますね、確かに。」

 スイリョウ、スウトウ、ゆきも呼応する。

 え?真面目に?

 それはほんの数センチだったのだろうが……

 少しだけ口元が笑ったのを、見逃さない一同だった。


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