第111話 いつかの未来で

 スウトウはずっと考えていた。

 多分ゆきは離れる決断をする。

 大切な人を失うのはもう嫌だ。

 宗近の悪い冗談で、彼女を永遠に失ったと思った時は目の前が真っ暗になった。

 ジュンケンとゲツレイの、年少組にも心配をかけた。

 絶対にこの手を離さない。離したくない。

 

 「で、でも‼旦那様も家族が‼」

 自分は縁がなかったのに、家族にモノ以下に扱われ売られてしまった身の上なのに、根が優しいゆきは心配する。

 見た目の美しさ以上に、こういうところが大好きだと思う。

 「大丈夫ですよ」と、スウトウ。

 「言葉では説明が難しいと思いますが、僕も家族について考えてみました。」

 スウトウには、母親と、3人の弟、2人の妹がいる。

 日本で誕生日が来て29になった長男と、19の次男、18の長女、17の3男、14の4男、13の次女。

 年が離れていたため、全員まだ独立はしていない。

 ところが2年前、勉強していたスウトウのところに、

 「兄ちゃん‼俺、郷試受かった‼」と、当時はまだ15だった、3男が駆け込んできたのだ。

 「郷試?」

 首をひねるゆきに説明する。

 「僕達の国では、試験の結果が全てと言うか、国をあげての試験に通ればそれこそ……こっちで言う将軍や天皇の傍で働くことも出来ます。ただ、あまりに受験者が増え過ぎたので、試験を受けるための選抜試験をすることになって、これが郷試です。郷試の資格で、村や町の役人にならなれるんですよ。」

 あの日部屋に駆け込んできた3男は言った。

 「これで兄ちゃんは日本に行かなくてもいいよ、って。」

 父親が急死した直後の話だ。

 科挙の勉強を続けたい、兄が無理をしているのに気付いていた。

 3男はジュンケンと同じ天才タイプで、兄の書物を盗み見る内に覚えていた。

 ただ兄と同じく、科挙で身を立てようとしているかは微妙だった。

 兄弟姉妹のど真ん中で、気を遣う優しい男だ。

 郷試で十分、そのまま働くつもりの弟を、

 「僕、止めたんですよ。せっかくなら科挙を受けろって。」

 当時は科挙至上主義だった。

 弟の好意にも気付けないぼんくらだった。

 結局旅費の関係でスウトウ1人が受験して、落ちて今に至るのだが……

 「家は弟が支えます。頭が固くて気付けなかった。僕の家族は大丈夫です」と、スウトウは笑った。

 「むしろ長男だから、僕が何とかしなきゃいけないと、思い違いをしていたのは僕です。もっと頼るべきだった、思い上がっていたんだと気付けました。」

 さばさばした顔で話すから、

 「いいですよ」と、ゆきも体を寄せる。

 今2人は村を見ながら、坂の上に腰を下ろし少年を待っている。

 「旦那様の頭が柔らかければ、今私達は出会っていません。」

 「そうだよな。」

 「そうですよ。」

 ゆきの髪が風に揺れる。

 風は潮のにおいをはらんでいると、今更気づく。

 「でも、絶対帰らないわけじゃないよ。いつか皆に、僕の好きな人を自慢したい。いつか清へ……それとも来てもらってもいいや、日本に。いつか僕の家族にも会ってくれる?」

 「はい。」

 「その日までは、苦労かけるかもしれないけどこの国で頑張っていこうと思う。いいかい?」

 「はい。」

 見上げる目が求めている。

 唇を落としかけた時、

 「いちゃついてんじゃないぞ、スウトウと嫁‼」と、元気少年の声がした。


 春まだ遠き海だった。




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