第109話 白は白、黒は黒

 少年の言うことは、残念ながら正解だった。

 明日の……どころか今日の食料もない。

 食い詰めて、追い詰められて、更に動くこともできない役立たずを抱えることは、すなわち一家全滅を意味していた。

 それでも……

 知らない相手ではない、その命まで簡単に捨てる決断ができるものなど。

 「……」

 誰も何も言えない。

 「どうする?明らかに邪魔だろう?」と、少年は煽るが、

 「すいません。返して下さい」と、進み出たのは頭の妻だ。

 「ふーん。食わせていけるんだ?」

 「いえ、もう今日の食事もままなりません。それでも彼を見捨てたら、私達も人間ではないと思います。」

 決意し、凛とした言葉を揺るがす最悪の事実。

 「いや、すでに人間じゃないだろう?」

 「え?」

 「山の中に遺体があったよ。あんたの旦那が殺したんだ。自分が生きるために誰かの幸せを奪ったんだ。なら、この場合お前が死ぬ。それで間違いはないだろう?」

 試すような言葉に、頭は泣き出しそうに表情をゆがめ、そして、

 「そうだ」と頷く。

 因果応報。自業自得。

 それは動かしがたい、真実。

 「あんた……」

 夫の決意に、その場に崩れ落ちる妻。

 瞬間その背後から、

 「俺の父ちゃんに何するんだ‼」と、小さな影が飛び出してきた。

 10歳くらいに見える。

 蛮勇を振り絞った、頭の息子だった。

 「他の人なんか関係ない‼俺の父ちゃんを返せ‼」

 必死の形相、草刈り鎌を武器にしたのは奇妙な偶然だ。

 ただ、今回は決して許してはならないと思ったのだろう、次の瞬間バシーン‼と大きな音がして、頬を殴り飛ばされた息子は宙を舞い、母の足元に転がった。

 「間違いを間違いと教えないから、そう言うことになる。」

 彼は完全に伸びている。

 「今あんたの息子が言ったのは、自分さえ良ければいい。自分達だけ幸せなら、他の誰が苦しんだって関係ない、ってそう言ったんだ。

 そんな馬鹿育てて幸せか?」

 珍しい、本気で怒った吐き捨てるようなセリフに、

 「ごめんなさい、ごめんなさい」と、彼女は泣いた。

 ジュンケンは、男を置いて踵を返す。

 「お前ら全員頭を使え。毎年冬はこうなるのなら、娘を売ろう、人を殺して奪おうじゃなく、どうすればいいか考えろ。

 確実に魚を取る方法を考えろ。

 入るものと出るものが釣り合わないなら、どうすればいいか考えろ。

 嫌な世の中だ、どうしようもないじゃなく、諦めて弱い者に皺寄せを食わすだけじゃない、出来ることを考えろ。」

 言うだけ言って、村を去った。

 蛇足だ。

 実は頭の懐には、10朱(125000円)ほど忍ばせてある。

 徹頭徹尾出来ないのは、むしろ自分の方だと苦笑いして。

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